塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
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2026/05/31
151「梅雨になる前に・洗車」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

お天気が良くて水を使っての作業に丁度良い季節。

梅雨が来る前に洗車をしました。


車は道具です。移動手段であり、たくさんのモノを運ぶことができて、遠くまで自分だけの空間で快適に過ごせるなど、とても便利な道具です。でも、車は大切にしないと故障が増えて安全ではなくなってしまいます。一瞬で凶器になってしまう車は扱いを注意しないと怖い存在です。そのためにメンテナンスは大切です。

私にとって車は思い出のつまった、乗るとホッとする存在でもあります。家族で出かけた場所に行くと、その時の会話を思い出したり景色の移り変わりを楽しんだり・・・その時からの変化に驚いたりちょっと寂しくなったり。心が動く時間にもなります。

そして、私にとって車が単純にきれいであることも重要なことになります。ほこりや花粉で汚れた車に乗るのは好きではありません。なんとなく、生活の乱れや余裕の無さが現れているような気がするからです。「まぁ、いいや」というちょっと投げやりな感じになってしまうので、運転もぞんざいになりがちです。駐車スペースでも、汚れた車が隣に停まっていたら「ちょっと嫌だなぁ」と思われてしまうかもしれません。

お墓参りに行く日や、ロングドライブ、自分の気持ちの上がる場所へ行くときには、なるべく車もキレイで【おめかし】させてあげたいものです。

その気持ちは、道具を大切にする心に通じていきます。自分の使っているすべてのものに、そういう気持ちで向かい合うことができれば、もっともっと生活が豊かになりますね。

しかし・・・洗車も全身運動で体力使います・・・おめかしは気合も大事!

 


2026/05/30
150「白ワインの季節」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

毎日の気温が上がってきました。

湿気を含んだ空気になってきたので、夏が近づいていることを感じます。冬に楽しんだ赤ワイン。そろそろさっぱりとした白ワインやスパークリングの美味しい季節です。曜日感覚のなくなってきたこの頃、それでも金曜日の夕方はなんとなくホッとした気分になります。今週も金曜日まで辿り着いたなぁ・・・といそいそとパソコンを電源オフにして昨夜は白ワインを開けました。


私自身はそれほどワインに詳しくないので、自分の決めた金額の範囲内で購入します。冷やした白ワインと共に、少しのチーズとオリーブがあれば幸せなアペリティーヴォ。まとわりつく湿気も少し気にならなくなるでしょう。

去年みつけたロゼワインがリーズナブルでとても美味しかったので、今年もあるかなぁ・・・とお酒売り場をウロウロしています。


以前に比べてお酒には弱くなったような気がします。年のせい???

慌てて飲まなくても、1杯くらいでちょうど良いのは経済的にも良いことかもしれない・・・と

ほんの少し寂しい気持ちも含みながら、日暮れ時間の遅くなった空を見る時間は良いものです。


2026/05/29
149「5月の積読状況」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

5月の積読状況。

今月は長いゴールデンウィークを過ごして、ひとり合宿をしてみたり、放置していた作業を進めてみたり、準備することも多かったのでなかなか本を読む集中力がありませんでした。それでも、ずっと読み進めていた本が読み切れたり、今まで読んできた本とのつながりができて、理解できることが増えたりしたので、とても有益な読書月間だったと思います。


この数か月、積読日記(というようなメモ)をつけてみて気がついたことは「強制的に読む時間を取らないと読書から遠ざかる」ということ。当たり前のことですが、本を読むって時間がかかります。特に私は本の内容に没入してしまうので、気になることがあると落ち着かなくて、文字に集中できなくて遠ざかってしまう。

そして私はアレコレ思考が飛ぶので集中力散漫になりがちです。ペース維持できる本と、頑張らないと読めない本があるので、何冊かを手元に置いておくと良いことにも気がつきました。

また、見えるところに本を置いておくことも大事。出かける時にもサッとカバンに入れられるようにしておくことも、本から離れない工夫です。

以前は文庫カバーを愛用していたのですが、近頃はカバーを外してそのまま読むスタイルになりました。その方が荷物が軽い・・・だれも私が読んでいる本に興味を持つ人はいないので(笑)電車移動時間を楽しんでいます。


ちょっとした工夫で、毎日の生活が有意義になる。

自己満足が暮らしを豊かになっていく。

余裕のある人になると、周りに波及していく。

 

その実感が確かにあります。


あなたはどうですか?
今週末、本屋さんへ行って気になる本を買ってみませんか?



2026/05/28
148「音の色」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

5月が終わりに近づいてきました。

ふと外へ目をむけると、木々の緑が深い色になっています。あくせく暮らしていると、周りの色が見えなくなっていることがあります。


お花のサブスクを始めて3年が経ちました。

初めた理由は亡き家族のために、いつもお花が欲しかったからです。その頃は買い物へ出かけてもお花を買う余裕がなく、写真の前が寂しくなっていくのを悲しい気持ちで眺めていました。お花屋さんの華やかな雰囲気にそぐわない自分の心の色と、乖離を感じていたのかもしれません。お花を選ぶということも放棄したいような・・・。そんなとき、SNSで流れてくるお花のサブスクを知って、それぞれの月命日に合わせて注文することを思いつきました。これで安心して自分の作業に没頭できる・・・お花屋さんで寂しい気持ちにならなくて大丈夫、とホッとして嬉しい気持ちになりました。

季節によってアレンジされて贈られてくるお花たちは、いつも生き生きとしていてエネルギーをもらうことができます。悲しい気持ちはそのままでも、そっと寄り添ってくれるお花たちにどれだけ助けてもらったことか。そして、その気持ちが自分自身を思いやる気持ちへと静かに変化していくことの安堵感。「大丈夫。安心して生きていて良いんだよ」と伝えてくれる花の命に、いつも感謝しています。

その後はサイズを替えてみたり、配達回数を制限してみたり、色々と試しながら今の方法に落ち着いています。お花だけを見つめていた時期から、今は少し外の緑をゆっくり見つめる余裕ができました。駅まで歩く途中の木々の移り変わり。季節によって変化する緑の色。

ずっと同じことを続けるだけが良いわけではなく、その時の気持ちや状況によって変化することも大切なことだと気づかせてくれました。

それらが、私の音楽の核となって表現できたら・・・といつも願いながら音を紡いでいます。

 


2026/05/27
147「自由・アンゲラ・メルケル」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

アンゲラ・メルケル

ドイツの第8代連邦首相。在任2005年11月から2021年12月。ドイツ史上初の女性首相。

彼女の執筆した「自由(FREIHEIT)」を読了。

上下巻約800ページ。はぁぁ…長かった。単行本なので移動中に読むには重たすぎて、2か月くらい机の上に鎮座していた。途中で色々な本に寄り道しながらだったが、最後は一気読みだった。


私は父の仕事の関係で西ドイツに住んでいた1970年代後半。当時のドイツ連邦首相はヘルムート・シュミット氏だった。ドイツ人らしい顔つきで、いつもテレビに映っていたので馴染みがあった。ドイツ語も分からないし、ましてや政治なんてチンプンカンプンだったが、SPDという政党とシュミット氏の顔はその頃の思い出に鮮やかに巡ってくる。その後、CDUという政党のヘルムート・コール氏が首相になったけれど、その頃には日本に帰国していて、私の関心は日本の事になってしまったので記憶の彼方へ追いやられてしまった。その後、ドイツは東西ドイツ統一という、一夜にして劇的な変化を迎えた。その直後、私は留学するのだが、その前後はずっとコール氏が首相だった。彼は1982年から1998年までの16年もの間、ドイツ連邦首相として政治を推進してきた。その後政党はSPDに移ってゲルハルド・シュレーダー氏になり、2005年にアンゲラ・メルケル氏が首相となる。私自身はその頃、正直に言えばあまり興味がなくて、メルケル氏の存在はもっと後になって注目したくらいだった。だから、今回この本を買った理由の一つとして「2000年からの20年間、世界で何が起こっていたんだろう?」という基本的な、私の知識の空白を埋める格好の情報源になったことは否めない。2001年9月11日の事件から、リーマンショック、アラブの春や福島原発、ロシアや中国の台頭などをひとつひとつ調べていくのは骨が折れる。メルケル氏はまさにその時、ドイツの政治家としてそれらを見つめていたことになる。各国の首相たちも、あぁ、この時にこの人がいたんだ!こんな会話をしていたのか!と改めて私の記憶をアップデートする役割にもなった。


もちろん、政治的な物事は一つの視点からだけ見るのは危険だ。多角的に、各所からの視点は必要だが、私のような一般人には政治の駆け引きは当事者ではないので客観的に見ることができる。それが読書の楽しい一面である。


膨大な資料を時系列、または事柄によって分別しながらメルケル氏の足跡をたどるのは、読者としても骨の折れるものだ。土の時代から風の時代への変化期は2000年から始まり、20年以上も確実に政治の世界を吹き荒れて、時代が移行した今なお風は収まる気配がない。

そんなことを思いながら、執筆された時期と今では、また時代が進んでいることを痛切に感じた。





2026/05/26
146「視覚障害と歩行訓練士」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

4月の終わりころ、姉から連絡がありました。
「歩行訓練でお世話になった先生がテレビに出るの。見てあげて!」
実はこの番組、以前に姉が取材されて出演していました。
視覚障害者がどのように生活しているのか、特に初老の中途視覚障害の場合はどんな様子なのか。丁寧な取材と姉のわかりやすい説明で、とても良い番組構成でした。そして姉の生活を支えていたのは様々な訓練でした。点字訓練、生活訓練、ICT訓練・・・。
今回はその訓練の中でも歩行訓練士のお話でした。
外を歩くことって見えない人には怖くてしょうがないことです。外へ出たとたんに方向感覚がわからなくなり、あちこち彷徨っていたら・・・遭難します。停車中の車にぶつかったり、子どもを蹴飛ばしてしまったり、自分の命を失うこともあります。白杖をコツコツとしていて「うるさい」と怒鳴られたり、スマホの画面に夢中で正面衝突することもあるそうです。姉も何度かケガをしました。
姉は見えにくくなってきたとき、怖くて外が歩けなくなったそうです。家にじっと引き籠って「人生終わった」と思っていたと言います。
そこを歩行訓練士の先生と訓練を続けることによって、慣れた場所であれば単独行動ができるようになっています。(並大抵の努力では、ここまでできないです。姉の根性と負けず嫌いなところが良く表れている・・・)

私は一度だけ、歩行訓練の見学をさせてもらったことがあります。
白杖の振り方に迷いがあったり、人込みに流されて方向を見失いそうになると「ハイ、今のところもう一度行きましょう」とサッと腕を取って安全な場所から何度もやり直します。当人も「何がわからなくて、どうなったのか」をきちんと説明することによって、自分が不得手だと思うところを判断し、感覚の鋭い器官をつかって補っていくという作業が繰り返されていました。私が見学した時は、駅から駅への移動と、駅を出てから目的の建物へ向かうための訓練でした。駅構内の移動は「他の人の流れに一緒に移動する」という方法で、点字ブロックに頼っていませんでした。点字ブロックは万能ではなく、時に他の人の行動を邪魔してしまうとのこと。なるほど、と思いました。

「ここは少し空間が大きくなっています。わかりますか?」「あぁ、右方向に空いている感じですね」
「このあたりは道が狭くなっているので止めてある自転車に気をつけた方がいいですね」「本当ですね。杖が当たってちょっと狭くて歩きにくいです」

そんな会話を続けながら、目的地までを行ったり来たりしながら訓練が終わりました。
歩行訓練は、訓練を受ける人それぞれのオーダーメイドのようなもの。訓練士がその特性を見極めて、本人が安心して歩けるように様々なヒントを投げかけます。訓練生自らがそのヒントを受け取って感覚を開いていき自信をもって歩く姿勢をつかんでいきます。基本的な方法論はあるけれど、そのあとはその人だけの特性を最大限に活かすこと。視覚障碍者にとって安全に歩けるということは、自分も社会の一員であることを確認する喜びでもあるのだと思いました。

見学しているだけでもヘトヘトですが、本人も訓練士も大変です。
それでも、視覚障害者が安全に出かけることができるのは本人にとってこの上ない喜びです。
でも、その歩行訓練士がいかに少ないことか。資格も保証もなく生計を立てていくのは難しい。そこをもっと政府に働きかけて歩行訓練士を増やしていきたいと説明していました。



東京で21人のみ…視覚障害者を支える“歩行訓練士”「命守ってくれる存在」も人材・人手不足に|TOKYO MX+(プラス) 東京で21人のみ…視覚障害者を支える“歩行訓練士”「命守ってくれる存在」も人材・人手不足に
 


2026/05/25
145「西洋音楽は宗教と密接な関係」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

昨日はキリスト教において記念となる精霊降臨日(ペンテコステ)でした。

ペンテコステとはギリシャ語で「50日目」を意味する言葉。イエス・キリストの磔刑後、復活したという復活祭を経て40日後に昇天。復活日から50日目に弟子たちが祈っている所に精霊が満たされ、弟子たちが福音を述べ伝え始めたことから「教会のはじまり」されました。「クリスマス」「復活日」と並んで非常に重要な日とされています。ヨーロッパではペンテコステの翌日がお休みになるところも多く、ちょっとしたバカンス気分になる人も多いようです。移動祝日のため、毎年日にちが違うので旅行などに行く際には気をつけた方が良いですね。(ちなみに2027年のペンテコステは5月16日)。


1年を通して、キリスト教の物語を追っていくと西洋音楽は理解しやすいかもしれません。

私がドイツに住んでいた時も、当たり前のように鐘の音が聞こえ、その音色の違いから季節を感じることもありました。街のまんなかに教会があり、その周りを民家が囲む風景は、私にとってヨーロッパの文化そのものだと思っていました。しかし今の時代は宗教観にも変化の兆しがあり、教会運営も難しい状態とのことです。年中解放されていた教会の扉も、今は閉ざされていることが多く、司祭の服を着ていても警備の人であることもあって驚きました。

そういいつつもヨーロッパで歴史的に長い間信仰の中心となってきたキリスト教。絵画の題材にも多く登場するので、美術館に行ったときなども知識があると興味深く鑑賞することができます。どんな場面が描かれているのか・・・そしてその時の情景を奏でた音楽を知ることは音楽家にとって重要なことだと思います。基本的な知識を得たうえで、自由に想像することは楽しいことです。ヨーロッパの生活の中には、キリスト教にまつわる習慣やしきたりが多くあるので、より深く、日常生活を新しい視点をもって過ごすことができます。特にドイツは、州によってカトリック色が強かったり、プロテスタント色が強かったりするので、祝日も異なる場合があります。そんな時に、改めてドイツという国が連邦共和国なのだと意識します。州によっての色合いが違うので驚くことも多くあります。長女の住むヘッセン州と私のいたノルトライン・ヴェストファーレン州では、異なることがたくさんあるのも興味深い点です。政党色も左右されるので、そういう観点からニュースなどを見るのも勉強になります。


日本にはこういった宗教色の強い祝日はありません。

先祖を敬うお彼岸がそういった意味合いに近い祝日かもしれませんね。改めて日本人を意識しながら、周りを見渡してみることも大切なことだと思います。

 


2026/05/24
144「死について考えることが多くなりました」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

「年とる力 阿川佐和子」(文春新書)

積読の解消はずっと続きます。ついフラフラと本屋さんに寄ってしまうと、読みたい本や気になる本が押し寄せてきて、気がつくと手には2,3冊を抱えている状態になります。「今読むべきか?それとも積んでおくべきか?」というしょうもないことを考えながら、時に本を棚に戻しつつ、時にお会計へと急ぐことになります。


今回の本は、たまたま立ち寄った駅の本屋さんで手に取ってそのままお会計に行っていました。


阿川佐和子さんの本は、次女がエッセイ好きなのでよく読んでいました。

近頃は70代になった著者の生活エッセイが多く、ちょっと先を行く先輩の毎日を覗いているような感覚で読んでいます。近頃の本屋さんには、80代、90代の方が執筆したエッセイ集の多さに驚きます。執筆が本業ではない方の生活に関するエッセイ、お金に関するエッセイ、趣味に関することなど多岐にわたる内容で、背表紙を見ているだけでも楽しいです。ただ・・・よく内容を確かめないとがっかりすることも多いので購入には厳しい目で臨みます。


阿川佐和子さんの文体は嫌味の無い笑いと、自分の失敗談をさらりと表現するところにいつも魅力を感じてしまいます。自分の失敗談って、なかなかうまく書けないし、自分としては忘れたくて記憶から無くしているし・・・できれば晒したくないです。ちっぽけですが、自分のプライドが許さないという、ちっちゃな自分がいます。でも阿川佐和子さんの場合には、それが読み手としては読みたい部分であることもよく知っていらっしゃいます。クスリと笑ってしまうことも、品よくかわすところが「わぁ、いいな」と思ってしまう。私もそんな風に書きたいなぁと思ってしまいますが、あこがれだけで終わりそうです・・・


今回は最後の章『最期にむけて』が一番グッときました。

私はまだ(一応)50代ですが、死については頭の片隅にしっかりと居座っています。私自身、多分、他の人よりも死を意識して過ごしてきたような気がします。中学時代にクラスメイトが病気で亡くなったり、友達のご両親が相次いで亡くなったり、自分の祖父が亡くなって葬儀というものをはじめから最後まで経験したことがずっと心にあるからかもしれません。10代にわりとたくさんの葬儀に関わったこともあり、死に対しての経験が自分の中に蓄積された感じです。30歳の1年で母を含めた3人を亡くしたことが大きな重しとなり、54歳で身近な2人の家族をほぼ同時亡くすということで死がすぐ隣に座っているように感じます。

怖い思いと、やるせない思い、残された家族の焦燥感などを身近に感じたことも大きく影響しています。

今までは見送る方としての心構えなどを主に考えていましたが、これからは見送られる方としての姿勢に切り替わっている感じがします。

「長らくお邪魔しました」と言って去りたい阿川さん。

私は飛ぶ鳥跡を濁さず「じゃあね」といって待っている人の元へ飛び込んでいきたいと思います。



『年とる力』阿川佐和子 | 文春新書 七十過ぎても楽しく元気に過ごす秘訣とは 冠番組にドラマ出演、新聞雑誌の連載…。古希を越えますます活躍中のアガワが健康法や美容、趣味など笑って楽しく生きる秘訣を告白。『年とる力』阿川佐和子
 



2026/05/23
143「休むこと」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

気温が急に落ちました。

この週の初めには半袖でも暑いくらい。汗をかきながら電車に乗って、冷房が気持ち良いと感じるほどでした。夜も熱気がこもって薄手のパジャマを引っ張り出しました。雨が降ってストンと気温が落ちても、部屋にこもった熱気が冷めるには時間がかって不快でした。雨が降り続いてどんどん気温が下がり、昨夜は寒いと感じて長袖のパジャマを着て布団を引っ張り上げながら寝ました。10℃以上の気温の変化は体力が奪われる気がします。

私自身も、思ったよりも疲労が重なっていた様子なので、昼間に暖かい布団にくるまって30分だけ昼寝をしました。お友だちからプレゼントされた【玄米カイロ】をレンジで1分温めて、下腹に乗せて目をつぶったらホッとして気持ちが緩みました。日常の予定を詰め込むクセを見直したので、回復力もコントロールできるようになりました。それでも、頑張らなければならないときもあるので、あれこれ試行錯誤しています。


寒暖差だけでも身体は適応しようと頑張っているのですね。

たまには自分を労わりつつ、休む時間をとりたいものです。


2026/05/22
142「映画を楽しむ時間」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

先日【プラダを着た悪魔2】を観てきました。公開される前から評判の映画でしたし、前作も大好きな映画だったので楽しみにしていました。


ところで映画館に行くことはありますか?

私はドイツにいたころから映画を見るのが好きで、友達に誘われて良く行きました。ドイツの映画はドイツ語吹替。当時の私には字幕を見る余裕はないし、ドイツ語勉強には良かったかもしれませんが、映画内容をすべて理解していたかどうか大いに疑問です。それでも、ドイツ人の友達や日本人の友達と一緒に最新映画を見ることの楽しさを覚えたのはその頃でした。大抵夕食を食べ終わった後の時間に、友達と映画館に行きチケットを買って空いている席に座ります。何かを食べながら見ることはなく、ひたすらセリフを聞き取りスクリーンを見つめることに集中していました。見終わった後はそのまま解散。あっさりとしたものでした。一度、ディズニーアニメを見に行った時には、昼間の時間帯しかなく、更に子どもたちがたくさんいて騒がしかったことがあり、それ以来友だちとは「アニメは映画館で見ない方がいい」という結論になったことがありました。

日本に帰国してからは、夫と一緒によく見に行きました。二人で見るときはアクション映画が多かったので、大スクリーンで見る迫力のシーンにドキドキしたものです。その後、娘たちがアニメ映画などを観たいといったときにはもっぱら実父に連れて行ってもらいました。理由は【子ども料金とシニア料金】のため。大人料金を(ケチる)ためのものでしたが、実父にとっては孫と一緒に過ごせる楽しい時間。娘たちにはポップコーンを買ってもらえる贅沢な時間。お互い良い思い出になった様子です。

子育て期を終えた今は、夜の時間、または朝一番の上映時間に行くことが多いです。55歳以上の特権を活かし、ネットでチケットを購入してワクワクしながら出かけます。ショッピングモール併設の映画館なので、開演時間までショッピングをしたり軽食を食べたり、本屋さんを眺めたりができるところも嬉しい時間です。

今回は夜の上映時間。それほど人も多くなく、通勤帰りのビジネスウーマンや、ミドルエイジのご夫婦。20代くらいの友達同士などがチラホラと座っているくらいでした。おひとりさまも結構多いのだな・・・と思います。


内容はとても素敵でした。画面のなかの登場人物たちが20年を経て戻ってきた姿は、それぞれが誇りをもって過ごした時間を体現していて「この人たちにもいろいろあったんだよなぁ」としみじみと感慨にふけってしまいました。以前より落ち着いている様子でも、時代の流れ、自分自身の立場や齢を重ねていくという抗えないものを、みんな自分自身の中に抱えていることに私自身も重ね合わせてしまいました。この20年で自分自身も大きく変化したことを、改めて思いました。

それにしても、素敵な俳優さんというのはいつ見ても、どう見ても、ため息がでるほど素敵なんだな・・・とのぼせたようにスクリーンを見つめた2時間でした。

 


2026/05/21
141「二十四節気 小満」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

今日は二十四節気の小満です。梅雨の走りといわれるような雨の1日になりそうです。季節がどんどん進んでいく感じがしますね。

梅雨の時期はちょっと苦手です。お天気に引きずられて気分も停滞してしまうのです。「仕方ないなぁ」と思いつつ、ほんのちょっとでも気分よく過ごせる方法を、いつも模索しています。

【小満】しょうまん

植物や生き物がすくすくと育つ時期。エネルギーにあふれる季節。

 

太陽の光を浴びて命あるものの成長が感じられる季節。その反面、新年度からの疲労がたまりやすい時期とも言われています。気候も春から夏への変化のとき。梅雨時に感じる身体の不調にも気をつけたいものです。①気圧の変化のため、片頭痛が起きやすくなることも多いので、身体の巡りを良くしたいものです。②胃腸の不調は冷えからくることが多いので、温かい飲み物を意識的に摂るようにしたいものです。特に朝は、温かいスープなどを朝食に加えたらいかがでしょうか?③皮膚疾患もこの時期に増えます。体内の水分代謝が悪くなっていることもあるので、身体の様子を見ながら水分補給と冷たいものの摂りすぎに注意です。

私は浮腫みを感じることが多くなってきたので、水分補給をしても排泄することまで意識するようになりました。身体の巡りが心地よいものになっているかどうか?循環しているか?

巡りを意識すると自然に心も流れていく感じがして、私はホッとします。

みなさんはいかがですか?

 


2026/05/20
140「梅雨時期への準備」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

そろそろ梅雨の気配を感じます。これから雨の予報も増えてきますし、湿気を感じることも多くなりそうです。この時期に、暑さに向けて予防策をとったり、快適に過ごせるように準備してはいかがでしょうか。


① 食品管理を見直す:冷蔵庫や冷凍庫、パントリーの食品の賞味期限(消費期限)を確認していますか?買ったけれど食べていなかったものや食べきれなかったもの。今のうちに循環を良くしていきましょう。買い物に行きたくても、雨風が強くて予定を変更しなければならないときに、美味しくて元気になれるものが揃っていれば気持ちに余裕ができます。晴れ間を縫って追加の買い物に行くような習慣ができれば心がラクになりますね。


② 常温の水を飲む:常温の水は好きですか?私は午前中に飲む水は大体常温です。考え事をして頭がヒートアップしてくるお昼頃に、氷を入れた炭酸水やアイスティー・アイスコーヒーを飲んで気分転換をして、夜はお酒と一緒に常温の水を飲むようにしています。注意点は、お水も腐ることがあるので長時間放置せずに一定量を一定時間に飲むようにしましょう。


③ 身体を意識的に動かすこと:雨が降ってお天気が悪いと、途端に体を動かす時間が減りますね。掃除や洗濯をするだけでも身体を動かす理由になるのですが、それすらも梅雨は億劫になってしまいます。私はヨガマットを持っているので、時間を決めて身体を伸ばすようにしています。朝起きて簡単な筋トレ。朝食後にヨガのポーズ。就寝前にストレッチ。無意識の習慣まで辿り着いていないので、このあたりは未だに試行錯誤しています。


特別なことを始めなくても、生活の延長線上に工夫できることはあると思っています。

シンプルに、自分の身体と心のバランスを整えて、少しでも居心地の良い毎日を過ごしたいものですね。

 



2026/05/19
139「自分の心を知る・メンタルオーガナイズエッセンスセミナー」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

【メンタルオーガナイズエッセンスセミナー】を開講しました。

メンタルオーガナイズの手法で自分の思考のクセを知る入門編。願望・感情・認知の3つの観点から思考と精神のオーガナイズを学べる講座です。講師としてセミナーを進めながら、自分も考え直すことがたくさんありました。「あれ、私はこの部分をこう思っているなぁ」「なるほど、そういう考えもあるね」と、向き合う受講生さんと会話しながら、頭の中にたくさんの引き出しが増えた気がします。

以前苦手だった部分の成長があったり、新たにコントロールしなければならないと思いついたこともあったり、受講生さんからの質問に答えることによって考えが深まったりして、良い時間となりました。受講生さんからも「しっかりとした内容だった」「自分で選ぶ・選んでいるということにドキッとした」「今夜○○だけやってみます」と何か行動してみようという気持ちになった様子です。

私がライフオーガナイザーになった理由の一つに、「メンタルオーガナイザーになりたい」という目標がありました。子どもっぽい自分の思考回路をどうにかコントロールしたい。承認欲求が強い自分をどうにかしたい。家族の中で右往左往していた自分が、メンタルオーガナイズを学んだおかげで小さな自分軸ができた気がします。その軸をしっかりと育てながら、これからも受講生さんと共に成長していきたいと思っています。

メンタルオーガナイズは終わりのない積み重ね。らせん状に自分自身を「もっとラクに、もっと生きやすく」導いていくもの。


今回はマンツーマンでの開講でした。他の人が一緒だとなかなかうまく話せなくて…という方にも対応しています。ご相談くださいね。

 

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2026/05/18
138「夏への準備・網戸はキレイ?」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

私の住む地方は、5月はさわやかな風の日が多く、湿気が少ないので気持ちよく過ごすことができます。もう少しすると梅雨らしい湿気を帯びた空気に変化して、暑さの厳しい夏を予感させる日々へと突入していきます。今年の夏も暑いのでしょうか?近頃の夏は本当に危険な暑さですよね…


この気持ちの良い時期を使って、夏を快適に過ごすことができるように準備したいものです。


連休中に、網戸の張替えを終えました。

ただ、張替えをしていない網戸はなかなか汚れているものです。この掃除の仕方も、間違えると逆効果になることを知りました。ついつい、ザザッと水拭きをしてしまいたくなるのですが、まずはホコリをとってからとのこと。やわらかいブラシ(私はやわらかいワイパー)を使って、程よい力加減で網をなぞっていきます。それだけでもきれいになりますが、もっと汚れが目立つ場合には洗剤をよく泡立てて網目にそっとのせて、その後は硬く絞った布で拭き取れば良いです。いずれも力を入れすぎないことですね。(力を入れると網がたわんでしまいます)


窓がきれいだと外の景色もホッと眺めたくなるものです。


50代後半になったら体力も少々減退気味。

一度に全部やらなくても、お天気の様子を見ながら進めていくことの方が大切です。

私も少しずつ進めています。

夏になったら、きっと暑くて動きが鈍くなるのは目に見えています。

快適に過ごせるように、ちょっとずつ先に準備をしていくことは、自分を大切にするステップなのだと思います。



【もっと楽に、もっと生きやすく】
私はライフオーガナイザー協会のこの言葉が好きです。
もっとより良く
もっと自分に優しく
知識を収集しながら、自分の力に変えていくことに、そっと寄り添ってくれる言葉だと思っています。




2026/05/17
137「足るを知る生活」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

家族が減って、献立を考えるといったストレスが減ったと同時に寂しくもあります。

「今日は何にしようかなぁ」

「昨日の残り物と合わせるには何が美味しいかな」

「今夜は少しワインを飲みたいからおつまみはどうしようかなぁ」

とアレコレ考えることもなく、ちゃちゃっと献立が決まってしまう潔さと空虚感が交りあいます。

以前では考えられなかった(買ったこともなかった)カット野菜を利用したり、フライパンひとつで出来上がるメインディッシュ、焼くだけ、煮るだけ、オーブンに任せるだけのワンプレートディッシュが増えました。あれこれ食器が並んでにぎやかだったテーブルも、数少ないお皿ですんでしまいます。気をつけないと食べることへの興味がグンと減ってしまいますね。

買い物へ行くと、おひとりさまと思われる様々な年齢の方がいらっしゃいます。今は男女関係なくキッチンに立つ人が増えたので、カゴの中はそれぞれの個性があふれているような気がします。つい気になってのぞき込んでしまいます。野菜を吟味してひとつずつ選ぶ方。調味料売り場で真剣に悩む方。精肉売り場を行ったり来たりして見比べる方。そんな方たちは清潔感があって、経済観念もしっかりとして、【足るを知る】生活をしていることが透けて見えます。

「生きることは食べること」

私もしっかりと食べることを楽しみながら、自分を高めていく生活をしていきたいと思います。



2026/05/16
136「お弁当は食育」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

良いお天気が続いています。
今週末も晴れてピクニック日和でしょうか。私は出かける予定はないので、自宅の庭で日光浴でもしようかと思います。

子どもが小さい頃は、「忙しいなぁ」と思いつつも食事作りは頑張っていました。

私は美味しいものは好きですが、献立を考えたりするのが苦手。料理にもそれほど自信はないのでいたって普通のご飯を作っています。長女が幼稚園の年少さんのときに、お弁当作りが始まりました。毎日作ることができるかしら?何を入れたらいいのかしら?どのくらいの量なのかしら?と不安でいっぱい。他のお母さんがどんなお弁当を作っているのかも気になりました。それでも、毎日のことなので限られた時間の中でできることは限られます。そこで私が決めたことは「キャラ弁をつくらない」。お母さんの中には、食紅を使って彩を工夫したり、野菜を飾り切りして人気のキャラクターに似せたり、といった素敵なお弁当を持ってくる子もいたようです。娘たちに「キャラ弁は作りません」と言っていたので期待されることもなく、たまに海苔で顔を描いたりするだけで喜んでくれました。(海苔がお弁当箱の蓋にくっついていることもあったでしょうけれどね・・・)文句を言われることもなく、毎日お弁当をしっかり食べてくれたことが私にとっては嬉しいことでした。

娘たちにお弁当を作る日は夫の分も作りました。

「わぁ~今日はお弁当がある~」と夫も大喜びでお弁当を持っていきました。お昼の時間に、人の少ないオフィスでのんびりお弁当を食べながら仕事をしたり、家族旅行のリサーチをするのが好きだったようです。ランチ代もそれなりのお値段がしますし、混んだお店で食事をするのも苦手だったみたいです。急にランチアポが入っても、ちゃんと夕方にお弁当を食べてくれて、帰宅した時には「おいしかった~」と言ってくれてとても嬉しかったです。娘たちもお弁当を残して帰ることはなく、帰宅と同時に空のお弁当と共に「ありがとう~」の言葉を添えてくれました。

今、一人暮らしをしている娘たちも、忙しい時にはお弁当を作る習慣があるらしく、冷蔵庫の中にあるものをササっと詰めて学校や練習場へ持参している様子です。私の飾り気のないお弁当は、気負いはないけれどバランスを考えたものでした。

栄養と見た目の彩り。

シンプル。

その記憶が頭に残っていて、娘たちは自分で実践することができる。それだけで「頑張って作っていた甲斐があったな~」と思います。




2026/05/15
135「流れる時間を豊かにする」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

ノイズの多い生活。

ほんのちょっとスマホを見るだけで情報が滝のように押し寄せてくるような気がします。自分から取りに行くと決めているのであれば問題ないのですが、ぼんやりと画面をスクロールし始めたら危険です・・・。あっという間に時間が経ってしまう上、画面を凝視しすぎて目がショボショボするし、目の下にクマまでできていて・・・。見るも無残な自分の姿にがっかりしてしまいます。「おーっと、こんな姿になってしまった~」と画面の向こうに透ける自分の顔にガッカリすること日常茶飯事。

私はこの頃、リサーチすることが多くなって、パソコンの画面で色々なサイトをみることがあるので細心の注意が必要です。


そんな時は

【時間を決める】

何時までスマホを見ていても良いか。いつになったら辞めるか。その時間が来たらその次の行動も考えておくことです。時間になったら立ち上がってストレッチをする…そして次の作業に移るなど。

そして

【何を見るか】

『インテリア系』『食べ物系』『ファッション系』などのジャンルを決めて、今この時間に見たい情報を取りに行く。そこで自分の興味あることが何かを知ることができ、新しい発見を見つけることができるかもしれません。時にはジャンルを決めずに、時間が来るまで流され続けて興味のあるジャンルを見つけることもあるかもしれません。それもまた面白いですよね。


とはいえ、流れていくものを追いかけて行ったら、気がついたら別の場所にいた・・・なんていうことがほとんど。それでも頭の片隅に【自分の時間をコントロールする】ということを気にかけていたら、人生はもっともっと豊かな彩に包まれていくような気がします。


自分の時間の使い方のクセを知って、時間をコントロールする感覚を養う講座を開講しています。
内容のご案内はこちらから

 


2026/05/14
134「留学生活の家探しは難しい」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

先日、スイスに住む次女が素敵な写真を送ってくれました。

自室から徒歩2分くらいの湖畔まで、レンチンしたラビオリを持参して食べたそうです。日陰に入ると肌寒いくらいなので、ランチを食べて本を読んで30分くらいで帰ったそうです。次女の住んでいる家は、何人かの音大生との共同キッチン・洗濯場、バスルームは隣の部屋の子と共同です。個室が狭くて屋根が低い(屋根裏部屋)ため、ちょっと不便なところはあるようですが、以前の家より通学時間が短くなったのでなんとか頑張っている様子です。海外で部屋を見つけるのは容易なことではなく、学校に寮もないので一人暮らしをする学生が多いです。自室で楽器の練習ができるところは本当に少ないので、学生は学校の練習室にこもることが多いです。次女の家は代々音大生が住んでいるとのことで、許可された時間内は練習が可能とのことです。限られた予算の中から部屋を探して生活を立ち上げていくのは大変です。遠い日本からの留学は、生活スタイルの違いや国民性といったことも関係してくるので気になることはたくさんあるようです。キッチンやシャワーの使い方や、ドアの開閉音、冷蔵庫の温度など・・・話を聞いていると本当に大変そうです。次女はスイスで3年の間に3回引越ししていて、いずれも自力で荷物を運んだという強者です。いずれも学生寮や単身用のアパートに希望を出しても「スイス人の保証人が必要」と言われて断念したり、予告なく希望を取り下げられてりして苦労していました。私は毎回ハラハラして見守っているだけなのですが、本人は「やるしかないのよ」と。手伝いにちょこっと行く・・・ということができないので、応援するくらいしかできないのが歯がゆくもあります。思えば私も無我夢中で生活した経験があるので、嫌なことも良いことも全部自分の糧になると信じています。糧にできるかどうか…。それは自分次第でもあります。

次女がフランス語を話している様子は見たことがないので、ちょっと覗きに行ってみたい気持ちになります。




2026/05/13
133「常備食はなんですか?」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

年々、暑くなる時期が早まっているように思います。

今週末はかなり高温になるとのこと。

体調管理が大切になってきますね。

私が気をつけているのは主に食べ物。過不足なく栄養を摂りたいと思っています。冷蔵庫に欠かせない食材としては「卵」。必須アミノ酸が多く含まれてタンパク質も取り入れることができます。料理も簡単でバリエーションが多く、「困ったら卵」が私の中での安心材料となっています。ただ、家族の人数が減ったので消費に時間がかかることが多くなりました。そこで、3~4個のゆで卵を冷蔵庫に常備しておくことにしました。小腹がすいたら「ゆで卵」。おやつに「ゆで卵」。サラダに「ゆで卵」。おかげでジャンクなおやつを食べることが少なくなりました。年齢と共に労わらなくてはならない自分の身体。足したり引いたりしながら、身体の声を聴く訓練をしたいものです。

 



2026/05/12
132「外国語は拙くとも文法だけは…」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

2年半前から月に2回英会話をプライベートで習っています。

会話を習う・・・って、何となくおかしい響きですね・・・

英語の勉強は中学一年生で挫折しているので、得意ではありません。

外国語に初めて触れたのは小学校2年生のとき。それもドイツ語でした。小学校2年生から5年生まで父の仕事の都合でドイツに住んでいたことがあり、その時に通っていた日本人学校でドイツ語の授業がありました。大きな部屋にドイツ語初級者の、学年もバラバラの生徒たちが集められて授業を受けていました。6学年違う姉も、最初は一緒の授業を受けていたのですから・・・今考えれば信じられない状況でしたね・・・当時の私はアルファベットも知らない状態だったので、授業に全くついていけず、母があわててアルファベットから教えてくれました。たしか、大教室での授業も短期間のうちに学年別に分けられていったような記憶があります。学校以外の買い物へ行ったり、交通機関で聞こえてくる言語はドイツ語なので、ドイツ語の響きが慣れてくるとドンドンレベルが上がっていきました。同級生たちは、みんな頭が良くてスイスイ理解しているので、私も理解していると錯覚していました・・・

日本に帰国してからもドイツ語の響きは覚えているので得意になっていたのですが、中学校で英語に触れてから外国語が全然わからなくなってしまいました。英語が楽しいと思えない。文法用語がわからない。ドイツ語の方が楽しかったなぁ・・と思っていました。耳が覚えているドイツ語を頼りに、高校ではドイツ語の授業を受けましたが、やはり基本となる文法がアタマになかなか入ってくれませんでした。そのままドイツ留学して、実地でスキルを上げていったようなものです。そのうちに外国語の話し方にコツをみつけて、なんとかドイツで生きていたような気がします。そして今もなお、文法用語に四苦八苦しながら勉強しています。

今の先生とは、私がトピックを持参してひたすら話をし、途中で文法的にわからなくなったり、どういう言い回しが適切かをチェックしてもらっています。

文法用語は必要だと痛感します。そして、中学英語はとても大事なものだと思います。そこを頑張ってクリアすれば「きれいな言葉」を話すことができます。外国人に流行語は必要ありません。きちんとした言葉を適切に使い、自分の考えをまっすぐに表現することをもっと大切にしてほしいと思います。海外に住んでいると外人局や役所関係の職員と話す機会も多いです。その時にその国の言語で、拙くとも語彙が少なくともせめて文法のしっかりした言葉を話せると印象がガラリと変わります。私も留学時代は、役所に行かなくてはならないときに言葉がうまく出てこなくても、目力でカバーしていたところがありました。
そのため、未だに役所関係の受付では前のめりに話をしていることがあります・・・



2026/05/11
131「母の日に思う」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

昨日は「母の日」でしたね。

流れてくるSNSにきれいなお花が投稿されているのを見てたのしんでいました。

「母のお墓参りに行きましたが、敢えて赤いカーネーションを飾りました」という言葉にハッとしました。赤いカーネーションは健在の母へ。白いカーネーションは亡き母へ。その区別は悲しい気持ちになります。私自身は赤でも白でもなく、ピンクくらいが一番かわいいのではないかと思っています。

 

そもそもの始まりは、白いカーネーションからだったそうです。20世紀初めのアメリカで、志半ばで亡くなった母を思い、追悼会で娘が参列者に白いカーネーションを贈ったことが始まりとか。その後、5月の第2日曜日を「母のための祝日」を設ける活動をしたということです。国によって日にちが違うこともあるので、必ずしも5月第2日曜ではありませんが、「母のことを思う日」があることは良いなぁ・・・と思います。

私の母は62歳で亡くなりました。私が結婚して半年くらいで肺がん末期・余命1年以内と宣告されたので、そのあたりの生活は無我夢中でした。結婚してからアタフタする生活のことも、妊娠出産・子育ても母に相談することができなくて苦労しました。自分自身がどういう風に育てられたのか、どんな状況だったのかをもっともっと知りたかったです。でも、母がいなくても家族が助けてくれました。何もできなかった父が娘たちのオムツを替えていましたし、姉も細やかに娘たちの応援をしてくれます。家族でなんでも協力してきたので義両親も心置きなく娘たちをかわいがることができたと思っています。

母が亡くなって28年が経とうとしています。あちらの世界でかなりの年数を過ごしているので、私の中ではとても落ち着いている雰囲気が感じられます。何が起こっても支えてもらっているような安心感があります。


「ママのお母さんに会ってみたかったなぁ」と娘たちが言います。私も会わせたかったです。

母の日。

小さい子どもから、年を重ねた男性も女性も、ほんの少し「母」という存在に想いを馳せる日になったことでしょうね。



母はエッセイを書くことが好きでした。
エッセイ教室の先生に背中を押されて自費出版しました。
読み返すと必ず泣くので、読むときは体力のある時だけと決めています。



2026/05/10
130「春を告げる食材・白アスパラガス」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

ヨーロッパに住む娘たちから相次いで「今日は白アスパラガスを買ったよ」というメッセージが届きました。

アスパラガスは春の訪れを告げる野菜と言われ、ヨーロッパ(特にフランス・ドイツ・イタリア)は3月から露店やスーパーに並び始めて、5月上旬が一番おいしい時期です。土をかぶせて日光を遮断して育てるため、やわらかくてほんのり甘く、ボイルするとそのうまみが口の中に広がっていきます。長い冬を越えて春を感じる、ヨーロッパの人にとっては嬉しい春の到来を感じるがで食べ物なんですね。

オランデーズソース(バターと卵黄とレモン)が有名ですが、我が家の食べ方はボイルして醤油と鰹節をまぶして熱々を食べます。(マヨネーズをプラスすることもあります。加えて七味をパラリとかけると味に変化があります。)

簡単にレンチンすることもありますが、少し手間をかけてボイルする方が灰汁の強さが和らぐような気がします。

日本でも見かけることが多くなりました。ヨーロッパで見るよりもだいぶ小さくて細いのですが・・・

「懐かしいなぁ」と言って、よく夫が買ってきました。丁寧に下ごしらえをして、得意そうに醤油と鰹節をかけて娘たちに食べさせていたことを思い出します。

味覚の記憶は忘れられないものなんですね。

ちゃんと娘たちがそのことを覚えていて、季節が巡ってくると食材を手にして食べている・・・
何となく、心がキュッとしました。

 


2026/05/09
129「私のゴールデンウィーク・ひとり合宿」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

今年は4月25日から「ひとり合宿」と称して、ストイックに自分で作成した、計画通りの生活をしてみました。

(姉に話したら「あなた、何やってるの。おもしろすぎ」とあきれられました)

初めの4日間くらいは時間通りに進めることが難しく、決めたことが終わらずに四苦八苦しました。作業を終わらせる時間の見積もりが甘いことが原因で、一日の終わりにつじつま合わせするため、夕方から夜は頭痛がするほどでした。そして、何かを始めようと思うと書類が見つからなかったり、パスワードがわからなかったりといった探し物に時間がかかりました。ちゃんと整理したはずなのに見当たらないのはどういうこと?と自分に腹を立てながら・・・

デジタルデバイス系に苦手意識があるので、資料を作成したり、書類を作り直したりといったことが後回しになることが多かったので、とにかくある程度まで出来上がるまで手を休めないことにしました。それ自体は当たり前のことなのですが、今までの私は細切れの時間しかなく、じっくりと時間をかけて作業ができなかったのだな・・・と反省しました。そして、時間を決めて集中することも大切なことだと感じました。私は短時間の集中力はある方ですが、じっくりと一つのことの集中することが苦手です。計画性がないというか・・・目先の興味に流されてしまい、戻れなくなることが多いのも原因です。演奏会などはちゃんと考えているつもりですが、まだまだツメが甘い部分があるのは否めません。思考のクセですね。

逃げないで考えること。私の場合は投げ出さないようにしようと思いました。

そのような時期を経て、中盤からは自宅のメンテナンスも含めながら体を動かして頭を整理する時間を取りました。網戸の張替えはこの期間中にどうしてもやりたかったこと!時間をかけて道具を揃え、動画で予習して頑張ってみました!!(自分よくやった)

何が正解なのか、出来不出来はわかりませんが、きれいに張れたと思います!!1年前に、突然トイレのレバーが経年変化で割れてしまって動かなくなり、途方に暮れた時がありました。その時も、初めはどうやって修理を依頼しようかと思ってアタフタしたのですが、結局(ケチなので)動画を調べて部品を注文して自分で直した経験があります。

・・・やれば(何とか)できる・・・

この精神は、この3年で培われたものです。


ヴァイオリンに関しても、少しずつ勉強が始まりました。

大きい輪郭を見渡しながらポイントをピックアップしている時期です。気がつけば1年の3分の1が過ぎたことになります。これからは加速していくばかり。気を引き締めて暮らしていきたいものです。




2026/05/08
128「ヴァイオリンの練習・今と昔」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

私はヴァイオリンの練習が好きではなく学生時代もあまり真面目ではなかったです。

私が育った家庭はごく普通のサラリーマン家庭で、音楽家の家庭ではありませんでした。すべてが手探りの状態でした。私自身はヴァイオリンにのめり込むわけでもなく、ずっと続けていることが当たり前になっているような感じでした。ヴァイオリンを習っていることが珍しい時代でもあったので、特別感に浸っていたのだと思います。姉の方が真面目に将来を考えていて、ドイツの音大に17歳から在籍して大学院まで学位を納めました。そんな私も音高の入学した時点で音楽家の道を選んだことになり、そのまま音大・ドイツ留学・オーケストラ団員といった道を進みました。今思えば、もう少し学生時代に練習時間の使い方を工夫していればよかったなぁと思います。

学生時代の練習時間は無尽蔵・・・その境遇を享受していたら・・・もう少しそのほかのことに頭を使うことができたかもしれなかった・・・と思います。

学生時代はとにかく周りについていくことに必死でした。ヴァイオリンや音楽について幼いころから一心不乱に過ごしていた仲間たちの間で、自分の立ち位置に踏ん張ることが必須でした。それまでのんびりと過ごしていたたため、落ちこぼれから始まって、その後も一生懸命に同級生との差を縮めることだけに集中した日々。なんとなく窮屈だったけれど、一緒に過ごした仲間たちは優しくてまっすぐで、気持ちの良い人たちでした。練習時間をどのように効率的に使ったらよいのかわからなくて、それでも長時間の練習ができなくて・・・(基本的にはラクをしたいナマケモノ)中途半端な学生でした。ドイツ留学中も、練習より自分の興味が文化歴史、多国籍の中でどういう風に過ごせばよいのか、どう振舞えばいいのか・・・といったことに必死でヴァイオリンの練習は二の次でした。

その延長戦でドイツから帰庫して結婚後もノンビリモード。ヴァイオリニストというプライドを捨てることができず、ある意味仮面をかぶって過ごしていたような気がします。ヴァイオリニストとしての矜持は捨てたくないけれど、今目の前にあることも完璧に遂行したい・・・それぞれを逃げ場としていたのだと思います。子育て期は本番前に危機感に迫られて練習時間を捻出。大きな弱音器をつけて夜な夜なキッチンで練習する日々。どうしたら効率的に仕上げることができるのか・・といったことを真剣に考えていた時期でした。本番があるから頑張る。間に合わせるために夜な夜な練習することが当たり前と思っていました。その練習は本番だけのものであって、自分の技術を維持するものではなかったかもしれません。とにかく弾くこと、続けることに意義があると思っていました。

子育て卒業期は自分より娘たちの練習時間を優先していたため、練習時間は日中のみ。誰もいないときに、本番の曲を練習する日々。しばらく本番がなければすっかりお休みモードでした。その頃はPTA活動やその他の活動に時間を割いていて、自分に言い訳をしていました。そして50代後半。改めて勉強しなおす時期にきています。基本練習の見直しと身体に負荷のかからないように姿勢を調整しながら進めていくことが重要なことだと切に思います。ようやく、本当に練習するということの意義にたどり着いたような気がします。

今更…と思うほど時間が経っていますが・・・

 


2026/05/07
127「耳が開いていく」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

無伴奏曲を弾き続けていくと、お客様の反応にも変化が見られました。

「無伴奏を聴いていると引き込まれていく」

「ヴァイオリンだけではない音まで聞こえてくる」

といった感想が寄せられるようになってきました。耳が開いてきているんだな・・・という感じがしました。聴き慣れている音だけを拾う耳ではなく、聴き慣れない音も「主張している音」として耳に残るようになってきている、と感じてもらえたことがとても嬉しかったです。ずっと聴き続けることによって抵抗感がなくなること。驚きや戸惑いも許容できるようになる耳。お客様自身が自分なりの聴き方を模索できるようになることは、音楽へ積極的に関わる姿勢だと思います。そのころには私のリサイタルは「知らない曲を聴ける」というような評価に変わっていきました。そして、そのことを楽しむお客様が増えてきたことは確かな進歩でした。

 

バツェヴィッチ、ハルトマン、シュニトケ、ペンデレツキ、プーランク、ブロッホ、レーガー・・・

ハードルの高いと思われる作品たちも、曲目解説や時代背景のつながりを意識しながら聴いていただくと、ちょっとずつ理解が深まっていくようでした。そのために私自身も勉強しなければならないことが山ほどありました。作曲家のことはもとより、その交友関係、時代背景、音楽家の生き方、影響などをMCにまとめるには時間が必要でした。以前に比べれば、ネット検索で調べられることも増えました。大まかに調べて事実確認をした後、最後の味付けはいつも自分の感覚と経験談でした。演奏中に解説するには短い時間で印象的な言葉が必要です。「演奏」と「話す」ということは同じように外へ向かって発するものですが、全く違う役目です。その切り替えをどうしていくのか?私にとって今も課題です。さらに当時は練習時間の確保も切実でした。子育ても少しずつラクになっていく時期でしたが、まだまだサポートは必要でした。競泳選手の次女を送り迎えする毎日。車での送迎は週に100㎞を越えていました。毎週末の大会への付き添いは夫の役目になりました。長女は難しい思春期にさしかかり紆余曲折しながら模索している中、私自身もPTA活動に積極的に参加することも多かったので本当に無我夢中でした。時間枠をパズルのように組み立てながら、練習時間とリハーサルを組み込む日々。家族が全員参加で、それぞれが家族の応援団になる。私にとっては「生きている」「自分のやるべきことに焦点が合っている」ということを実感できる充実した貴重な毎日でした。

 


2026/05/06
126「無伴奏の魅力」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

リサイタルでの挑戦は、年を重ねるごとにハードルが上がってきました。

まず、無伴奏曲が増えていきました。

ドイツ留学中に懸命に勉強したバッハの無伴奏曲は、私にとって自分の音楽の土台になるものでした。堅牢な構成の中に見え隠れする、バッハのチャーミングな一面や意外性のある和音の響きは、年を重ねていくほどに自由に表現できるようになってきた気がします。その他に、夫が買ってきた無伴奏の楽譜の中には本当に難しい曲が含まれているので、未だに弾けない曲がたくさんあるのですが、少しでもお披露目できるようにしたいものです。


一度、無伴奏曲だけのリサイタルを開催したことがありました。

広い舞台にたったひとりで立つことの心許ない感覚は想像以上でした。ピアノが傍にないことが、こんなにも寂しいと感じるとは思っていませんでした。練習する時間もひとり、本番もひとりきり。それでも、今までとは味わったことのない充実感と演奏後の安堵感。練習と本番の孤独感と集中力。気楽さとプレッシャー。様々な思いが交錯して不思議な感覚でした。とにかく懸命に無伴奏と格闘する私の姿を、お客様に「目撃」してもらいたい!という気持ちで開催したリサイタルは、思っていたよりも好評でした。「無伴奏っておもしろい」「ヴァイオリンだけの音を楽しめた」という感想が増えました。お客様の反応が、そこから一気に変化して「私たち、なんでも聴けますよ!」という自信が感じられる空気に変わりました。

聴いたときにはわからなかった感覚が、少し時間を経て腑に落ちる。

ただ圧倒されて音の渦に巻き込まれていく。

心の琴線が揺れる感覚。

そういった小さな変化を私自身が舞台から聞き取れるような感じに変化していきました。


無伴奏を弾く時はとても孤独に感じます。

一人きりですべての音を表現して伝えていく作業は大きな責任と時に「本当にこれで良いんだろうか?」と悩みが深くなります。そして同時に「私の思った通りに表現すればいい」と開き直ることもあります。私の場合は、最終的には「え~い!どうぞ聞いてください!」という考えにたどり着きます。

 

作曲された作品は、最終的には作曲家の手を離れて成長していくものです。作曲家の意図しなかった解釈も含めて枝葉を広げ、育ち、磨かれて、時代を越えて受け継がれていくものです。その可能性の大きな作品だけが残っていくということなのだと思います。そう思うと、無伴奏曲には壮大な可能性が隠されていることに気づきます。そしてそのことに夢中になって、私は今もなお無伴奏曲に魅かれ続けているのだと思います。




2026/05/05
125「二十四節気 立夏」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

今日は子どもの日。
そして季節は夏になっていきます。
5月2日に八十八夜をむかえて霜の終わりを告げる農作業の目安もあるとのことです。

立夏(りっか)

春分と夏至のちょうど中間に位置していて、この日から立秋(今年は8月7日)までが夏とされる。新緑のまぶしい季節。さわやかな風が吹いて気持ちの良い時期ですが紫外線にはご注意!

 

みなさま連休はいかがお過ごしでしょうか?お天気が不安定なので、予定通りに上手くいかないことも多いかもしれませんね。気持ちに余裕を持ちながら、小さな隙間時間に美味しいお茶やお菓子を忍ばせて楽しみたいものです。

人混みが苦手な私は自宅に籠っています。今までずっと放っておいたことを、地道に投げ出さずにコツコツと片づけています。PC作業で行き詰っているところを、調べてとにかく手を付けて進めてみる。やった方がいいよなぁ‥と思っていることを実際に行動してみる。最終決定しなくちゃならないことを決める。自分を守るために放棄していたことは間違った行動ではないけれど、自分をなだめて少しだけ動き出すこともできるはず。

人には自分を自分で動かすことができる本能があることを、メンタルオーガナイズで学びました。奥底に眠ってしまっている自分を大切に思っている本能。思い出してみませんか?



 


2026/05/04
124「プログラム構成の迷い」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

12月のリサイタルプログラムは、いつでも挑戦的です。

私自身もチャレンジして臨む曲ばかりですし、お客様も今までの知識を総動員して聴きにいらっしゃいます。

初めのころは

「もっとわかりやすい曲が聴きたい」

「名曲コンサートがいい」

「モーツァルトがききたい」

といった声が多数寄せられました。

私も悩みました。

お客様が喜ぶ曲を弾いていた方が良いのかもしれない。その方が客席は満員になる可能性がある。でも、その時に夫が私に言いました。「君のコンサートなんだから、君の好きに弾けばいい。僕は難しくてゲテモノみたいな曲を聴くのは好きだし、そういう曲にチャレンジしている君を見ているのが好きだ」身近で私の演奏を聴いている人に、そういってもらえるのはとても嬉しかったです。夫は海外出張時に楽譜屋さんへ行って、難しそうな楽譜を買ってくることが好きでした。「店員さんが椅子を貸してくれて、ゆっくり見ていけば良いよって言ってくれたんだよ」「無伴奏の曲って難しそうだね」と言って渡される楽譜の山は、私にとって「ええ~こんな曲弾けないよ~」というものもありましたが、中には掘り出し物の曲もありました。ポーランドの女性作曲家「バツェヴィッチ:ポーランド奇想曲」は私のお気に入りになりましたし、「ビーバー:パッサカリア」は日本で演奏されるよりも前に私のレパートリーとなりました。今でも、無伴奏曲を弾くと夫の得意そうな笑顔が思い浮かびます。


そうしてある時から、耳に心地良い曲だけをピックアップすることを辞めました。知ったような曲ばかりの並ぶプログラム構成を辞めました。その代わり、毎回のテーマを大きく決め、知られざる曲を忍ばせて耳が慣れていく経験を積み重ね、言葉で説明していくことを意識しました。「聴衆の耳を育てよう」その思いを込めた新しいコンサート形式を模索する挑戦を選びました。

こちらが「本気」で向かっていけば、お客様にいつか必ず届くはず・・・

その思いは今も変わらず、試行錯誤しながらプログラム構成を考えています。




2026/05/03
123「家族に集中する時期もあっていい」  

こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

 

【1時間の音楽紀行】プロジェクトが終了してからも、隙を見て様々な場所でレクチャーコンサートを続けていました。

お声がけいただいて、ジャズピアニストとのコラボコンサートを定期的に開催して、新しい音楽作りを経験することもできました。少し雑談的なお話が好評で、トークスキルはその時にだいぶ上達しました。クラシックにも理解があり、私にたくさんのチャンスを手渡してくれました。スタンダードジャズもだいぶ覚えましたが、記憶に定着するのが難しくて・・・苦労しました・・・。ジャズを本業にしている方の記憶力と瞬発力、経験に裏打ちされた幅広い即興力に圧倒されるばかりでした。
ジャズも楽しいけれど、やはり私はクラシック音楽家としての活動の方が好きでした。安心して演奏できること、自信をもって提供できること、弾いていて楽しいことが、私にとってはクラシック音楽でした。

レクチャーコンサートを定期的に開催する機会を失ったことはとても残念でしたが、それも私にとっては家族に集中する良い機会でもありました。私は音楽家でもありますが、家庭の一員でもあります。私にとって演奏も大事ですが、やはり家族が第一。家族との時間は刻一刻と変化して、時に見逃してしまうものでもある、ということをわかっていました。気質の難しい長女との確執も、競泳生活で忙しい次女のサポートも、レクチャーコンサートをお休みしたことで、心置きなく家族へと自分を集中させることができたと思っています。今、その時に自分が何に集中すればよいのか、ということを学んだ大切な時期でした。

自分で企画して運営するレクチャーコンサートは、時間も労力も膨大です。他の人とのコラボコンサートは、重荷が半分ずつになるので少しだけ気持ちに余裕ができたことも正直な気持ちでした。

自分のできることを、無理なく進めていくこと。

そう思いながらも、12月のリサイタルをレクチャーコンサートに変化させていくことにしました。それまでの小さな空間、私の肉声、お客様と空気を共有しながらお話しして演奏していたことを、大空間で行うのは全く違う感覚でした。マイクの使い方から話すスピード、遠くに感じるお客様との距離感を測りながら進めていく作業は思ったよりも大変でした。どのタイミングで話をするのか、伝えたいことは何か・・・考えることが倍以上に増えたような気持でした。

その頃には、お話付きのコンサートは当たり前のようになり、楽しいトークとハッとするようなパフォーマンスを披露する演奏家がたくさん登場して話題になりました。舞台と客席が一体になるようなコンサートが増えてきました。

私のお客様もずいぶん慣れてきて、年に1回のリサイタルを楽しみにしてくださる方が増えました。

 


2026/05/02
122「私のレクチャーコンサート遍歴」  

こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

 

初めてレクチャーコンサートを開催したのは、横浜駅近くの『サロンセイワ』というところでした。

こぢんまりとした空間でしたが、大きく開かれた窓が開放的で30人も入れば息苦しくなるような‥お客様にとても近い、私にとって理想的な距離感でした。知人からの紹介でしたが、とても心地よく利用させていただきました。控室もないので、着替えはトイレ。待機場所もないので、本番直前までお客様と交流して・・・といった手作り感満載のコンサートでした。

こうしてつなげていけば良い、経験を積み重ねていけば、いつかきっと自分の理想とするコンサートが実現するはずだ・・・


1時間のコンサートは、お話と演奏に四苦八苦しました。

話すことに必死になると演奏が落ち着きが無くなってしまったり、演奏に集中するとなかなか話に神経がまわらなくてメモを見ても言葉が出てこなかったり・・・共演者も私の話の長さがわからずに、演奏に集中することが難しかったと思います。それでもなんとか1年に2回のペースにプラスして12月のリサイタルを開催するというスタイルを続けました。

家族が増えて、そのお世話に必死になりながら、本番の当日はおむつや離乳食を大量に携えて、汗をかきつつ恥をかきつつ…

とにかく続けました。

そのうちに、横浜・青葉台フィリアホールのリハーサル室が大きさも交通の便も良く、自宅からも近いので利用できないかということになり、当時のホール担当者と交渉して、年4回を定期的に借りられるようにしました。さすがに年4回はなかなかハードでした。2月・6月・8月・10月のレクチャーコンサートと12月のリサイタル。毎回のテーマを決めて、共演者と交渉して、リハーサルをして、お話を考えて、チラシを作って、プログラムを印刷して、自分の練習も・・・とにかく当時は全速力で走っていました。

初めに立ち上げた『サロンセイワ』でのコンサートから9年間と『フィリアホール・リハーサル室』に場所を移して6年間。

15年続いた【1時間の音楽紀行】は、2013年2月24日をもって、フィリアホールの事業体制が変わるタイミングで終了となりました。

その頃感じたことは、少しずつお客様の意識が変化しているということでした。受け身で聴いていた最初のころとは違い、積極的に音楽を取り入れてみようといった姿勢がみられるようになりました。私のコンサート形式に、慣れてきてくださった感覚がありました。難しい曲への拒否反応も、小さくなったような気がしました。

その当時のプログラムに書いた言葉で「みなさまに楽しんでいただけるような【カジュアルワイン】へと成長したように思います」と綴っていたように、音楽を相互に楽しむ余裕がコンサート全体の雰囲気を包んでいました。

その後は単発的に「レクチャーコンサート」を開催しています。

また、ご依頼いただくコンサートは、必ずお話をいれた「レクチャーコンサート」を意識した形式をとっています。

少しでも何か新しい知識を得て帰っていただきたい、という思いを込めて演奏しています。

 


2026/05/01
121「聞く耳を育てる」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

自転車操業のレクチャーコンサート活動。

それでも必死に準備して演奏することを使命だと思っていました。

「音の旅人®」と銘打ったレクチャーコンサートのコンセプトは【旅人となって過ごす1時間の小旅行】

いつか聞いたことのある曲・名前さえ知らなかった作曲家の曲。世界中に散らばる音の世界。それらを聴衆と演奏者が一緒に旅するように過ごす時間。

曲目を解説しながら、また、私の様々な経験談を話すことによって、クラシック音楽への無意識にある敷居の高さを乗り越えていくことが目的でした。


私は気がついていました。

演奏者が一方的に必死になるだけではコンサートは成り立たない。

受け取る側にも、耳が育っていかなければ音楽が届かない。

どんなに演奏者が素晴らしい演奏をしても、受け取る聴衆に聴く準備という装備が整っていなければ、いつまでも蚊帳の外になるのだ・・。

同じ空間を舞台と客席という隔たりを感じずにはいられないことを・・・。

ドイツで私が見たようなレクチャーコンサートは、演奏者と聴衆が同じ曲を見つめながら、解説を聴く(話す)ことによってそれぞれの理解を進めていく共同作業のような雰囲気がありました。演奏後にピアニストの元に集まってきて意見を述べたり、聴衆同士で話し合う姿は私には新鮮でした。演奏者は音楽を提供して終わりではないのだと思いました。演奏者はちいさなきっかけを差し出すこと、そこから育てていくのは聴衆自身なのだ・・・と。その大切なきっかけをそっと差し出す音楽は本物でなければいけない。育てていきたいと思うような音楽でなければならないのだ・・・と思いました。


私が見たドイツのコンサートは目標であって、当時はまだそこへたどり着くまでの種まきの時期でした。

私は果てしない道のりに呆然としながら、とにかく自分が弾くことを忘れてはいけない、本物の音楽を提供できる技術を磨くことに専念していました。それしか方法がありませんでした。本番がない日々を想像することが怖かったです。ドイツでのたくさんの経験を埋もれさせてしまうことが残念で仕方なかったのです。そして、自分の子どもたちを巻き込みながら、家族に頼りながら、お客様に実験台になってもらいながら進めていきました。

それでも

「もっとわかりやすい曲が聴きたい」

「あなたは自分の実験をしているだけで、お客様へのおもいやりがない」

時に凹んでしまうような言葉もありました。

でも、心地よい音楽を奏でる音楽家は私の他にたくさんいます。

私はその人たちとは違う音楽家になりたかったのです。


今、私のリサイタルにいらっしゃる方たちは、私と共に音楽の深淵にまで目を向けられるようになっています。