塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
 

ブログ

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2026/08/14
225「鬼灯を飾る」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

サブスクのお花の中に、大きな鬼灯(ホオズキ)が入っていました。

ホオズキはその形から、ご先祖様の魂をお迎えする「提灯」の役割もするとか。

さらに、その色の強さから魔除けにもなるらしいです。

お盆休みで街中は少しざわついています。

休日をたのしむ人たちと、帰省する人たち。初めて亡き人を偲ぶ仏事に追われる人もいるでしょう。


我が家の片隅でそっと飾られたホオズキは、ちゃんと見えていますか?


2026/08/11
222「お盆に思いを寄せる」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

お盆休み

先日から電車に乗ると、スーツケースをゴロゴロしている人たちの姿をよく見かけます。お盆休みを利用して故郷へ向かうのでしょうか?久しぶりに会う人たちとの交流と、束の間のお休みを楽しむのでしょうか?

お盆はご先祖様の霊を自宅にお迎えしてご供養する仏教行事の事。

日本文化は神道と仏教が入り混じっていても、混乱することなく日々が流れていきます。

私もキリスト教信者ではあっても、神社にお参りに行きますし、お盆のころになると自然に亡き人たちが身近にいるような感覚になります。

一般的には月遅れ盆(8月)で、今年は8月13日から16日までとのことです。

ご先祖様をお迎えしてお見送りするところまでがお盆。

宗派によってしきたりも違うようですが、基本は親戚縁者が集まってご先祖様に感謝し心を合わせて墓参することが一番大切なことです。

今は親類が集まることも少なくなってきた時代。

心だけでも自分や家族を導いてくれた先人に想いを寄せることも大切なのではと思います。


小さくなった我が家。

先日届いたサブスクのお花にはほおずきが交っていました。ほおずき(鬼灯)は鮮やかな赤い色や丸い形が「盆提灯」ににているので、ご先祖様が家に帰るときに迷わないための道しるべになると言われているとか。


それぞれの思いをのせてお盆を過ごします。

 


2026/07/18
199「お墓参りへ行くことの意味」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

一時帰国中の次女と恒例のお墓参りへ行きました。

娘たちが一時帰国すると、必ず鎌倉霊園へ行くことにしています。

普段の生活の中に亡くなった人たちはちゃんと存在しているけれど、あの場所へ行くことによって、事実を改めて心に収める作業と、碇をきちんと確認するといった、気持ちを整えることをしています。

やるせない思いと、怒りと、諦念と。変化と不変と揺れ動き。

すべてを自分に許すことが、あの場所に立つことだと思っています。


誰かと一緒にあの場所に行けることが、私にとっては大きな支えです。


2026/06/11
162「蛍」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

ボンヤリと暦を見ていたら、今日は七十二候の「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」という何とも難しい文字の並ぶ頃らしいです。昔の人は、腐った枯草が蛍になったと思っていた様子です。草場にふわりふわりと舞う蛍は、梅雨の初めに羽化します。そう、蛍が舞い始める頃なんですね。


私の実家の近くには里山があって、蛍を見ることができました。幼い頃、蛍が見れることはそう特別なこととは思わずに過ごしていました。後年、父が独居している頃「孫に蛍を見せたい」と言われたのですが、私は6月が蛍鑑賞の時期と知らず「夏になったらね」とトンチンカンなことを言って、見逃してしまいました。残念なことをしました。

実家には蛍についての絵本がありました。あまり良く覚えていないのですが、蛍の一生を描いた絵本だったと思います。蛍は羽化して1~2週間で寿命を終えるので、その短い時間のことを綴った物語だったと思います。悲しい絵本はあまり好きではなかったので、その絵本の表紙を見るだけ、またはパラパラとめくるだけでした。そのときの絵柄が夏の様子にみえたので「蛍は夏に見るもの」という固定観念が植え付けられてしまったのかもしれません。


蛍には「人の魂が蛍になって現れる」という伝承が伝えられています。古くは和泉式部も詠ったとか。

小さな光を伴って、ふわり、ふわり、とあちらこちらに舞う蛍。

あの里山で、まだ見ることができるのでしょうか?



2026/05/16
136「お弁当は食育」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

良いお天気が続いています。
今週末も晴れてピクニック日和でしょうか。私は出かける予定はないので、自宅の庭で日光浴でもしようかと思います。

子どもが小さい頃は、「忙しいなぁ」と思いつつも食事作りは頑張っていました。

私は美味しいものは好きですが、献立を考えたりするのが苦手。料理にもそれほど自信はないのでいたって普通のご飯を作っています。長女が幼稚園の年少さんのときに、お弁当作りが始まりました。毎日作ることができるかしら?何を入れたらいいのかしら?どのくらいの量なのかしら?と不安でいっぱい。他のお母さんがどんなお弁当を作っているのかも気になりました。それでも、毎日のことなので限られた時間の中でできることは限られます。そこで私が決めたことは「キャラ弁をつくらない」。お母さんの中には、食紅を使って彩を工夫したり、野菜を飾り切りして人気のキャラクターに似せたり、といった素敵なお弁当を持ってくる子もいたようです。娘たちに「キャラ弁は作りません」と言っていたので期待されることもなく、たまに海苔で顔を描いたりするだけで喜んでくれました。(海苔がお弁当箱の蓋にくっついていることもあったでしょうけれどね・・・)文句を言われることもなく、毎日お弁当をしっかり食べてくれたことが私にとっては嬉しいことでした。

娘たちにお弁当を作る日は夫の分も作りました。

「わぁ~今日はお弁当がある~」と夫も大喜びでお弁当を持っていきました。お昼の時間に、人の少ないオフィスでのんびりお弁当を食べながら仕事をしたり、家族旅行のリサーチをするのが好きだったようです。ランチ代もそれなりのお値段がしますし、混んだお店で食事をするのも苦手だったみたいです。急にランチアポが入っても、ちゃんと夕方にお弁当を食べてくれて、帰宅した時には「おいしかった~」と言ってくれてとても嬉しかったです。娘たちもお弁当を残して帰ることはなく、帰宅と同時に空のお弁当と共に「ありがとう~」の言葉を添えてくれました。

今、一人暮らしをしている娘たちも、忙しい時にはお弁当を作る習慣があるらしく、冷蔵庫の中にあるものをササっと詰めて学校や練習場へ持参している様子です。私の飾り気のないお弁当は、気負いはないけれどバランスを考えたものでした。

栄養と見た目の彩り。

シンプル。

その記憶が頭に残っていて、娘たちは自分で実践することができる。それだけで「頑張って作っていた甲斐があったな~」と思います。