土曜日。
個人的には少しナーバスになることも多い曜日。
もう少し規則正しい生活をしなければ、と思いつつ
いつも私はどんな気持ちでヴァイオリンの練習をしているかな?と
改めて見直しています。
最近は意識的に
週末は練習の質を少し変えるようにしています。
私の今の状態は
イレギュラーな予定も多く
時間がまとまって取れない日があったり
集中できなくてかえって雑になったりするのです。
プロとして大事なのは、
毎回の練習を完璧に仕上げることよりも、
音や体の状態を把握し続けるほうが大切だと思います。
短い時間でも、
今日の弓の重さはどうか、
左手は無理をしていないか。
それを確認できれば、十分な日もあります。
指導をしていて感じるのは、
「たくさん(無駄に)練習している人」よりも、
「今日はここまで、と(自分で決めた範囲で)止まれる人」の方が、
安定して伸びていくように思います。
うまくいかないところを無理に押し切らず、
気になる部分だけを切り取って、静かに向き合うこと。
そうした積み重ねが、次の日の音をつくっていく。
週末の練習は、がむしゃらに弾くだけでなく
流れを整えるためのもの。
『1月も終わりに近づいてきました』
寒い毎日は頭も体も縮こまって冬眠気味の私には、
焦らずにのんびり生きていこう!という気持ちになります。
全力疾走した日々を思い返すと、怠惰に見える今の自分。
立ち止まっているように思える今の時間。
でも、生きているだけで毎日は螺旋状に変化しているものです。
大丈夫、自分と相談しながら過ごす日々にしていこうよ!
と意識を変化させています。
週末になると、音楽との距離が少し変わります。
平日は
「ちゃんと弾こう」
「ここを整えよう」と
自分の練習にもダメ出しが多くて
「弾けない~」と言いながら
あれこれ考えて
頭が先に行くのですが
週末は音そのものを楽しむ時間が増える気がします。
完璧じゃなくてもいい音。
途中で止まってもいいフレーズ。
いつか弾いてみたいなぁ、と思っている曲。
時間を気にせずに、
短時間でもよいから楽器のケースを開けて一音だけでも弾いてみる。
窓からの光や空の色、風の音と一緒に音を出すと、
ああ、本当に音楽って生活の一部なんだな、と思います。
金曜日は週末モード。
今週もお疲れさま。
みなさまの週末に、心地よい音が流れますように。
電車の中でイヤホンをしている人を、ちょっとうらやましく思うことがあります。
音楽を聴いていたり、勉強をしていたり、本の内容を聴いていたりするのでしょうか。
時間を上手に使っているように見えて、格好良かったりします。
そして、人がたくさんいる場所でも、ふと自分のパーソナルスペースを作れるのは良いなぁと思います。
私はどちらかといえばイヤホンが苦手で、特に音楽はスピーカーで聞きたいと思っています。
音楽は、その音に集中することも大切ですが、その周りにある音も一緒に聞いてこそだと思っています。
たとえば、コンサートに行って、会場にあふれる雰囲気や話し声、客席や天井を見上げて感じる空気もその音楽の一部です。
スピーカーから聞こえる音楽も、その日のお天気や気分によって聞こえ方が違います。
それらをしっかり味わうためには、私は断然スピーカーが一番だと思っています。
ただ、私は自分が『耳の閉所恐怖症』なのかもと思っています…
(閉所恐怖症の方がイヤホンをするとパニックになるという事例がありますが、それとはちょっと違う)
イヤホンはその音だけしか聞こえないので、他の音が遮断されてしまいます。
視覚的には普段の生活なのに、耳からの情報は音だけ。
私にとっては聞こえる音と視界のギャップに混乱している状態。
そんなに深刻ではありませんが、イヤホンを遠ざけるひとつの理由です。
そうはいっても、人知れず自分だけ聞けるという便利なイヤホン。
私も好んでイヤホンを選ぶときもあります。
私の利用法は、ネガティブマインドに陥ったとき。
ちょっとアップテンポの曲を選んで、ひたすら掃除をする・・・
トイレ掃除、排水口掃除、鍋みがき、模様替え。家の中でできることが条件。
(庭の掃除などは、近所の人にあいさつされることが多いので、イヤホンは不向き…)
1時間もすれば、ホッと一息ついて何かしらの方向性が見えていることが多いです。
どちらにせよ、常に音楽は私の身近にあるわけなので
切っても切れないご縁、なんですよね。
イヤホンの発達があったために、オンラインが身近になり、遠くの人と繋がれるようになりました。
イヤホンのおかげで、手軽に一人の時間が得られるようになって、人との距離感が多様になりました。
でも、ちょっとまって。
それだけで安心しないで。
時にはスピーカーの存在を思い出してほしいです。
忘れかけていた、「リアルな音=生きている音すべて」を思い出す必要もありますから!
【イヤホンの遍歴】
1979年:ウォークマンが登場して音楽が持ち運びできるようになる
2000年代:「カナル型」が主流
2017年頃から:ワイヤレスの台頭
近年:ノイズキャンセリング機能の充実
「私は母のために花を絶やしたくなくて
いつもなにか、生花を飾っていました。自分のためでもありました。」

大喜びの実父の様子が
おかしいやら、気の毒やら・・・
【大寒】だいかん
1年で一番寒さが厳しくなるころ。
南天・ぶり・金柑・牛蒡が旬のものです。
大寒卵(だいかんたまご)栄養価が高く、金運・健康運を呼び込む縁起物そして珍重されるとか。
冬の寒さでニワトリが栄養を蓄え卵に凝縮されて濃厚な味わいと高い栄養価を持つらしいです。
この時期は冬の土用にもあたり、私にとっては苦手な時期。
気を抜くと体調を崩すことがわかっているので、少し慎重に過ごします。
首元、足元、手首を温めて、自分で「ぬくぬく~」と唱えながら過ごすことにしています。
今年は美味しい「酒粕」をいただいたので、簡単なお手製の「甘酒」を作っています。
① 200㎖のお湯を沸かす
② 酒粕30グラム+大さじ1の砂糖
③ 弱火で温めて出来上がり
私は甘さ控えめにするので、砂糖は半分くらい。
美味しいのですが、カロリーは高め(酒麹甘酒200㎖あたり砂糖を加えると150㌔カロリーくらい)なので飲みすぎに注意です。
お菓子の代わりにおやつにいただくと、ちょっとほっこりしますよ。
”その時計に見合う自分になる”
そして
”ここぞ、という勝負の時に気合を入れる”という意味で
「書類の行き先がちょっと不明になってきた」
と思い始めた12月あたりから
どのように区分けするのか自分の苦手な分野を確認して区分けしたつもりが
見つけ出せずにすべてのボックスを探し回る・・・という
無駄な動きが気になっていました。

食べたいメニューを聞く
朝食は自分で調達する
「ひとこと」を大事にする
『過日、東京都デジタル局企画「障害者がスマホを使用過日したスマートサービス実証実験https://www.metro.tokyo.lg.jp/information/press/2025/12/2025120306」に参加したおり、東京MXテレビより「視覚障害者の日常密着取材」を依頼されました。
日常の白杖歩行、日本点字図書館・点字教室ボランティア指導や自宅での様子を取材されました。以下の報道番組内の1コーナーで放映されるとのことです。
東京MXテレビ
2026年1月7日 水曜日 20時から21時の間の1コーナーにて
番組名:堀潤 ライブジャンクション
但し、生放送番組なので、事情によっては緊急報道へ変更になる可能性もあるとのことです。どうぞご了承くださいませ。
様子も分からないまま、おろおろしながらの撮影取材でしたが、少しでも視覚障害者について知っていただけるきっかけになればと思いました。
ご視聴いただければ幸いに存じます。』

新しい年も4日目です。
毎日を生きていくことは困難な時もあるけれど
穏やかに過ぎていくこともあります。
その流れに乗りながら
自分の道を自分でコントロールしながら
進みたいと思います。
「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(三宅香帆)から思うこと。
大正時代にサブスクとしてはやった「円本」の章を読みながら、
昭和の高度成長期のサラリーマンも同じだと思った。
父が揃えてくれた『少年少女世界の名作』(小学館)は姉と私の大切な本たちだった。
本の虫だった姉にとっては、きっと生涯の友として記憶に残っていることだろう。
主に挿絵の可愛らしさに夢中になり
半紙を使って写していた記憶がある。
今思えば、きっとそう安くもない全集を買ってくれた父には感謝したい。
そして、その金額を捻出するために家計を守っていた母の采配にも感謝したい。
本から得る知識はその周辺の記憶も含めて、
生きる気力にもなることを、50代になった今も感じる。
毎月届く全集は、私たちの本だけではなく、父の『鴎外全集』も含まれていた。
きっと父は全集を揃えることで家長としての威厳と
サラリーマンの誇りを刻んでいたのではないだろうか。
父の姿勢は
私の演奏を聴いて
そんな風に思っていただけたら嬉しいです。