絶賛、全てを見直し中です。
自分も生活も音楽も・・・なにもかも。
50代後半になってくると、先のことが不安になります。
以前は全く気にしなかったことが、ふとした瞬間に【底なしの穴】のように思えて一歩も動けなくなります。
私の場合は「あ、自分が動けなくなっているな」と思えることがまず大切でした。
恥ずかしいことではなく、とても重要なことだと思います。
次はその穴を見ないように避けることからはじまります。
とにかく息を整える。
まず自分自身を守る。
深呼吸をして息を整えてから状況判断。
それが本当に底なしの穴なのか、色が黒いだけなのか、大きく見えるだけなのか。
そして、何が怖くて何が不安で、何に戸惑っているのかをゆっくり見極めます。
その時に文字に書き出すことが大切です。
一度に全部ではなくても、ゆっくりとランダムで良いので書き出す。
そうすると、重複する気持ち・重なっている状況・一番怖いと思っていることなどが出てきます。
少しずつ項目を分けて、その内容を細分化したら、どこから手を付ければ自分が大丈夫なのかを自分自身に相談していきます。
その頃には、ちょっとだけ動けるようになっています。
最初は動けなくても大丈夫。
今日は何もできなかったと思っても大丈夫。
私はこんな調子で、遠回りしながらも自分で自分の道を歩いてきました。
とても心強いです。
50代も後半になれば、自分が今までこなしてきたことを、同じようにはこなせません。
そう思うことです。
新しく自分のスタンダードを作っていけば良いことです。
ただし、新しく変化することは怖くて仕方がないことです。
多分、新しいスタンダードに切り替えていくスパンは60歳以降はもっともっと短くなっていくでしょう。
その大きなスタートが50代後半なのかもしれません。
新しい波に乗るということがどんなことなのか。
どんな風に自分を守っていくのか。
準備を進めておくことで、これからの人生を生きやすくすることができるかもしれませんね。
2月はかなり真剣に本を読みました。
おかげで積読がずいぶん減りました。
エッセイやビジネス書が中心だったこの2年くらいの読書生活も、ようやく短編や小説が読めるようになってきました。
今月11冊読んだ中で小説は3冊。
『月とコーヒー デミタス』(吉田篤弘)
『ラブカは静かに弓を持つ』(安壇美緒)
『BUTTER』 (柚木麻子)
とても印象に残る本たちでした。
それぞれの世界に浸る贅沢な時間。
ただ、小説は感情が剝き出しにさらされるので、時にその世界から抜け出せなくなることも多々あるのですが、冬眠生活の私にはそういった心配なく過ごすことができました。
「感情が剥き出しにさらされる」・・・こんな状態に自分を投げ出すことができるようになるのに・・・2年という時間がかかりました。
上記3冊には、それぞれ私の心の繊細な部分を刺激する場所がありました。
その細い弦をはじく瞬間が怖かった過去から、ほんの少し抜け出すことができた自分を発見することができてホッとしました。
大丈夫。まだ、どうにか生きていけそう。
小説に出てくる人たちは、不器用だったり変人だったりするけれど、どの人も堂々と自分のことを生きています。
それは、カッコいいとか、自信満々ではなくて、誤解がおこったり意思の疎通がうまくいかないような、私たちの生活でも隣の人にも起こっているような出来事で、特別なことではありません。でも、作者の言葉にのると、あぁ、こういうことなのか・・・と改めて自分の身近にある出来事を違う視点で見ることができます。
本を読みながら、グスグスと鼻水をすすった2月の日々。
自分の演奏を、今まで以上150%お客様に届けていこう、と心に決めた日々。
自分という枠をもうちょっと明確にみつめつつ
どうしたら生きやすくなるのかな、どうしたらラクになるのかな、と深掘りする毎日はまだまだ続きそうです。
3月は、本だけの世界に引きこもりすぎないように毎日を過ごします。
外が霞んで見えるのは、春の日差しのせいなのか、窓が汚れているからなのか・・・わかりません。
ぼんやりと眺める朝の時間は大切です。
冬の間限定でslow morning/ slow daysを心がけるように決めると、少し楽になりました。
焦らなくても大丈夫。
間違っても大丈夫。
人生は何回でもやり直せるよ、と自分にOKを出せるようになりました。
私の歩みは本当にゆっくりです。
臆病ですし、見栄やプライドもあるのでちょっとメンドクサイ性格です。
瞬発力もあるのですが、それは目の前のタスクを力業でどうにかしようとするときだけ。
長いスパンでの思考回路はとてもゆっくりだと思います。
気の利いたことがいえないので、一発で印象に残るようなことができません。
時間をかけてゆっくりと私を理解してもらう方が得意です。
これからは気がついたときにはチャンスを逃していた…ということにならないよう、少しだけ周りを見ながら過ごしたいと思っています。
雨の一日。
好きなだけ本を読んでいました。
家事を終わらせて休憩がてら読書。
気になっていた作業を終わらせて読書。
食休みに読書。
おやつに読書・・・
数ページ読んでアイロンをかけたり、数段だけ読み進めて玄関掃除をしたり・・・
私の場合はずっと座って読んでいるわけではありません。
誰にも邪魔されず、予定にも邪魔されず、本をあちこちに持っていきながら、作業を途中で中断しながら・・・本の世界に浸れる贅沢な時間でした。
以前はこういったことは「怠惰なこと」「贅沢で人には言えないこと」と思っていたのですが、ブログの中では【これも自分】だと表現しても良いのかと思い直しました。むしろ、どんな時に本を読めば良いのか、ヒントになることもあるかもしれません。(家の中を本をもってウロウロするとか・・・普通はしない?)
読み始めたら、その本だけじゃなくても良いし、どうしても読み進められなければあきらめても良い。
本の懐は自分が想像するより大きくて、居心地が良いものです。
心が壊れかけて、どうしようもなかった時も、エッセイは私をそっと受け止めてくれました。
何をすれば自分を追いつめることなく、安全なゾーンに心を置くことができるのか?
これは私がメンタルオーガナイズで学んだことかもしれません。
心は自分で思っているより、繊細で気をつけなければならない存在です。
気がつかないうちに心を酷使していることもあるので、ちゃんと声をかけてあげましょう!
「忙しい」という思いを捨てる。
今の私は「忙しい」という言葉をなるべく使わないようにしています。
20代の若者の忙しさ、30代~40代の子育て期の忙しさ、50代の子離れ・親の介護看取りの忙しさをしっかり経験しているので、今の自分の忙しさは比較にならないからです。(ううむ。それでも、50代なりの忙しさってありますが・・・)
今までの私は、その日暮らしを謳歌するタイプで、気分やタスクによって毎日を使いわけていました。
「子どもを優先する日」「仕事を優先する日」「地域活動を優先する日」等々。
そして何よりも自分が疲弊しないように気を配って頑張っていました。
その経験は、自分が倒れないように生きることができるようになっていった地盤でもあると思っています。
50代後半になり、家族それぞれが自立した生活になると、自ずと自分に対しての時間が増えます。
「やりたいことを、やりたいように」ということもできます。
その時間を夫と過ごしたくて、とても楽しみにしてたのに寸前で叶わぬ夢となってしまいました。
ぽっかりと空洞になってしまった心を、グッと支えるのも自分。
行ったり来たり揺れながらも、今まで築いてきた家族が支えてくれています。
娘たちや姉。
静かに見守ってくれている友人や遠く離れていてもオンラインで支えてくれる人や仲間たちがいることに感謝しています。
今は、改めて見直す自分の姿。
人生の後半はまだ始まったばかり。
こんな私のジタバタしている姿を見て、何かしらヒントを見つけていただけるように
これからもブログを更新していきたいと思っています。
