塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
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2026/02/10
41「姉妹とは不思議なもの」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

先日、久しぶりに姉とゆっくり過ごす時間がありました。
生存確認のように毎日簡単なメッセージのやりとりをしているので、そんなに話題もないと思いきや・・・女子は話しだしたら止まらないので気がついたら4時間以上ぶっ通しでしゃべっていました。共通点も多いけれど、視点が違うので興味深いです。若い頃は6歳の年の差が大きくて話題がなかったのですが、お互い60歳前後になればそれぞれの経験値も上がっているので、どんな話も楽しく聴くことができます。結局、育った家庭が同じであれば、人間の基礎部分は変わらない、ということなのでしょうか。両親に言われたこと、受け継いだこと、感謝などは、私たち姉妹にとって共通言語なのかもしれません。

姉の密着取材が公開されました。私も知らなかったことがたくさんあってびっくりしました。
(台本が全くないのに、どうして流暢に話せるのか・・・尊敬する)


進むデジタル化 視覚障害者の苦悩とは? “見えることが前提”の社会で必要な支援|ニュース|TOKYO MX 東京MXの記者が注目したニュースを深堀して解説する特集企画ツイセキシャ。今回お伝えするのは「視覚障害者に必要なサポート」についてです。「全盲」や「視力が著しく低...
 


2026/02/09
40「本は読むだけじゃない」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

あまりにも重たい本(内容的に)を読みすぎて、正常な生活に戻れなくなりつつあるのでちょっと違う本を読んでみました。

 

その前に・・

はるか昔のこと。ドイツ留学生活時代に本に没頭して昼夜逆転の生活をしていたことがありました。

「一人暮らしの醍醐味よね」

と当時は思っていたかどうか定かではありませんが、とにかく日本から持ち帰った本の楽しさから抜け出せずに読書を貪っていたことがありました。

好きなように読書を楽しみ、昼間はドイツ語学校に行きつつ宿題をこなしてヴァイオリンの練習をしてご飯を作って食べるという、今考えれば夢のような生活。

その後、オーケストラで働き始めて生活のリズムが加速。

日本帰国後は、必死に走って目の前のタスクをバッタバッタとなぎ倒す日々。

その頃には、文字を読むのは新聞広告か娘たちが持ってくる学校のお知らせか、良くて新聞の短いコラムのみ。

「あぁ、本が読めるようになるのはいつなんだろうか」

とため息をついていた日々。

 

気がつけばまた読書に沈む毎日がやってきました。

幸せなことです。(ちょっと目がしょぼしょぼするけど)

この幸せを、しっかりと享受したいです。

 

そして、実は本を読むことが苦痛ではなくなったことに、自分の中の余裕を感じることができました。

自分を抱きしめたくなりました。

「そうだよ、ちゃんと読めるようになって良かったね。この3年間読みたくても読めなかったからね。苦しかったものね。」

忙しくしていなくちゃならない、暇だって言っちゃいけない、頑張っているって思われなくちゃいけない、という呪縛がとりついていたからとても苦しかったです。誰に思われているわけでもないのですが。

 

そんな思いから今回は『HYGGE 365日シンプルな幸せのつくり方』(マイク・ヴァイキング 三笠書房)を改めて読みました。

(前置きが長すぎた・・・そして、読むというより眺めた・・・かな)

購入したのは2018年頃だったと思います。

その頃は娘たちが巣立ちを意識し始めて、生活全てが全速力で。

とにかく走らなければ追いつかないような時期で・・・自分の中で何か警鐘が鳴り響いているころでした。

この本を手にしただけでホッとした記憶があります。

HYGGEなスペースを家の中に作りたくて・・・

自分の逃げ場所が欲しくて・・・

自分の本だけを集めた場所を作ったのもこの頃。

その後、コロナ禍で家族それぞれが居場所を求めて家の中をウロウロしてイライラしていたときに、家族が集まってアペリティーヴォを楽しむ時間を作ったのもこの本がヒントでした。


そんな生活がガラリと変化した3年前。

私の世界から本の存在が希薄になりました。

読まなければならない書類の文字を追うことが精いっぱい。

実用書を読んで理解することが急務。

送られてくる手紙に返事を書くことで気力を奪われる毎日。

それが少しずつ変化してきたとき、この本は本棚の片隅にそっと置かれるようになりました。


きっとこれが一段落したら読める気がする。

私だけのHYGGEを探そう。

 

本棚に置かれたときには思い出すことが多すぎて見るのも辛かった表紙の絵。

でも、敢えて私がその本を置き続けたのは、自分が心のどこかでHYGGEを望んでいることを感じたからだと思います。

そしていま、この本は改めて私を優しく受け止めてくれました。

手に取る本は、自分で選んでいるんだな・・・


ページをめくりながら、購入したころとは違う感覚で読みました。

家に引きこもるとき、私はこの本の中にあるアイデアを拝借します。

「今日はムービーナイトにしよう」

「今日の珈琲はあのマグカップにたっぷりと淹れよう」

本当は、家族や友人と過ごすことを推奨しているのですが・・・


それはまた違う機会に期待しましょう。





2026/02/08
39「練習を休む日」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

50代になって、

どうしても練習したくない日が増えました。

正直に、怠けたい気持ちも半分あると思います。
特にこの冬の時期は・・・

一方で気持ちの問題というより、

もっと身体に近いところから来る感覚もあります。

若い頃は、

少し疲れていても弾けたし、

多少の違和感は、気合いで越えることができていました。

時間も限られてるので練習しない選択肢は無かったし

いつも焦っていたように思います。

「練習しなかったらダメかも・・・ヤバい・・・」と。


そして、身体はいつも元気で言うことを聞いてくれました。

どんなに酷使しても頑丈でした。


それが今はちょっと違います。

肩や腰、指先の重さ。

音を出す前から、

「今日はここまでかも・・・」

と身体が強張ってしまう時があります。

無理をして弾いてみても
全然納得がいかなくてさらに落ち込むという負の連鎖・・・

女性として50代を迎えると、

体調は日によって揺れやすくなります。

昨日できたことが、今日は同じようにできない。

なんだか知らない違和感や虚脱感。

情けない気持ち。

その変化に戸惑い、認めたくない気持ちもあります。

「あぁ、年取ったかなぁ・・・」とため息をつきたくなります。

でも今は、

その揺れを無視しないようにしています。


無理に音を出すより、

楽器を持たずにストレッチをしたり、

楽譜を眺めながら頭の中で音を鳴らしたりする方を選ぶこと。

そうした時間が、次に音を出す日の助けになると信じています。


「今日は弾かない」という選択を、

自分に許せるようになることは、なかなか勇気がいります。


それは・・・言い訳かもしれないけれど・・・

音楽とより長く付き合うための知恵なのだと思います。


音を出さないからって

音楽から離れている日ではない。

身体の声を聞きながら、次の一歩を準備している日かもしれません。


50代の音楽は、前へ進む速さよりも、

戻ってこられる場所を持っていることが大切かもしれません。


【今日は練習しなかったな】


ちょっぴり寂しい響きだけれど、

「また音を出したくなる自分を見つけるまで、休んでもいいよ」と

自分にOKを出すことを許す日だと思うようにしたいです。





2026/02/07
38「AIとコンサートプログラムの相談」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

AIを使って音楽家は何ができるか?

 

私の場合は、コンサートのプログラムを考える壁打ちになってもらうことが多いです。

弾きたい曲を羅列して、その曲や作曲家に合うプログラムをランダムに組んでもらったり、アニバーサリーイヤーの作曲家を探してもらったり、年代を調べてもらったりします。

意外な時代の接点を見つけたり、面白いカップリングを提供してもらったり、変わった視点から曲を紹介してもらうこともあります。


私の選曲を分析して

「あなたの思いはここにあるのですね!」

と驚いてもらうこともあります。

(いや、別に・・・って呟くことが多いけれど)

楽しいです。

なるほどね・・・と新鮮な気持ちで曲に向き合うことができます。

 

ただし、全部を鵜吞みにしないこと。

架空の曲目をサラッと紹介してくることもあるし、抜粋しか演奏しない前提だったり、プロとしては「そんなことできないよ…」という内容もあるので注意が必要です。


でも、ぼんやりとしかアイデアがない時にAIとやり取りしていると、だんだん自分の頭の中が整理されてくるので頼もしい相棒です。

これまでは、一から自分だけで悩み、調べつつ、自分の力量を考えながら煮詰まって悩んでいたのですが、相手がいると少しだけ軽やかに考えることができます。最終的な判断は自分なのですが、多角的に思考の範疇を越えたところで自由に意見を言ってもらえるのは、とても助かります。

 

今年のリサイタルのプログラムが決まるまでもう少し時間がかかりそうですが、少しずつ攻めていこうと思っています。



お楽しみに!


2026/02/06
37「シールの思い出・閑話休題」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

先日、久しぶりにショッピングモールに行ってきた。

家にこもることが多かったので、人込みにフラフラしてしまった・・・

巷では「シール」が流行っているらしい。


ぷっくりとした、可愛らしいシールは購入制限があったりして手に入れるのも難しいとか・・・

文房具売り場はもちろんのこと、アクセサリー売り場にひっそりとシールが並んでいるのを見つけた時はびっくりした。

こんなところにも売っているということは、大人もシールを買っているということか・・・どうもそうらしい・・・


私の子どもの頃は、シールと言えばお菓子やソーセージについてくるオマケのような感覚。

それがいまや、うやうやしく店頭に並んでいて、子どもから大人まで目をキラキラさせてシールを選んでいる姿は、なんとなく幸せな気分になる。

小さなシールをシール帳に貼るのも流行っているらしいから、それは楽しいことだろう。

シール交換なんてしているのかしら。

大人のお姉さんと、小さな女の子がシール交換をしているかもしれない。

楽しそうだ。


私もシールは秘かに集めている。

流行りのシールではないので競争率は高くない。

私はもっぱら100円均一のお店で調達をしている。

娘たちに送るハガキに貼ろうとおもったのが始まりだった。

ちょっとおしゃれな女の子のシールを、娘たちそれぞれの姿に重ね合わせたりして送ったりすると、とても喜んでもらえた。

「日本のシールはおしゃれだね」
そんな言葉を聴くと、こちらも楽しくて色々探してしまう。

自分のスケジュール帳に貼るのも楽しい。

殺風景な予定が、ちょっとワクワクするものに変わったりする。

スケジュール帳は枠が小さいので
ついにシールを貼るためのピンセットまで揃えてしまった・・・

ところで私の手元には、変わったシールがたくさんある。

大抵娘たちが集めたシールが多いのだが、その中でも異色を放つ「アルパカ」の写真シール。

アルパカのちょっととぼけた顔のアップや、全身、横顔、いろんなアングル。

どれも小さくて台紙からはがすのが大変。

乾燥した手も手伝ってどこからはがれるのか見当もつかないので、ちょっとイライラしながらアルパカの顔を見つめて・・・

あぁ、めんどくさい・・・。

その後はそれをどこに貼ればよいのかわからない。

仕方がないので、いまのところは日々の思いを綴っているノートの隙間にこれでもか!と貼っている。

内容にそぐわないシールを貼るのは私の美意識に反するので、四苦八苦しながらノートの隙間を探している。

 

そもそも、このシールを、誰がどんな目的で買ったのか、見当もつかない。

多分、娘たちのどちらかだと思うのだが、今更聞くことができない。

だって、本人たちも覚えていないだろうから。

今数えたら残りは14枚だった。

50枚以上あったのだから、私もだいぶ貼りまくったものだ。

アルパカのシールを貼り終えたら、シマエナガのシールが50枚あるが、これは多分消費に困ることはなさそうだ・・・

写真ではないし、1枚の台紙にたくさん並んでいるシートタイプなので、はがすのも手間がかかりそうにないから。



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