今日の記事は、昨日の続きです。
「メンタルオーガナイザー®」
この資格を取ったのは3年前の秋。
講座の申し込みは実父の寝ている横でした。
開催日程が不定期なこの資格講座を、逃してはならないと焦って申し込んだ記憶があります。
開講は6月と7月。
自分の状況は、まさにどん底以下。
こんなことで受講しても大丈夫なんだろうか・・・と不安に思いながら臨んだ講義は、やはりハードでした。
一緒に受講した仲間たちと先生に助けられながら勉強をこなしていきました。
途中で自分の心の中を厳しくえぐることもあって、少しだけ凹むこともありました。
自分の心をのぞき込み、実験し、実践して、心が崩壊してもおかしくない状況を潜り抜けていたように思います。
同時に、自分の気持ちを外から見ることができて、客観的に自分を見るというクセを身に着けることができたように思います。
大丈夫。
自分で自分を支えることができる。
きっと時間がかかるかもしれないけれど、ちゃんと自分を支えることができるはず。
ただ、最終課題である実践のクライアントへのセッションは難しかったです。
その声掛けがなかなかできず、声をかけても「あなたのそんな状況のところに行けない」と断られることもありました。
最終的には家族も含めて3人の方に協力してもらって課題を仕上げました。
あのとき、私と一緒に過ごしてくださったクライアントさんには、今でも本当に感謝しています。
心を整える作業を自分でできるのは、自分自身がとてもラクになります。
私の所属するライフオーガナイザー協会には専科資格に「メンタルオーガナイザー」があります。
それをみつけたときに「自分の人生をコントロールできるということを実感する」という文言にとても共感しました。
「セルフコントロール」することによって、もっと生きやすく、もっとストレスを少なくという思考は私や私の家族にとって必要なことに思えました。私の場合は「自分と家族がもっと心地よく、風通しの良い関係でいるにはどうしたら良いのか?」ということが、50代になってより深刻な課題になっていました。子育て卒業を目前に、家族がそれぞれの場所で生き生きと暮らしていくには、今のままでは実現できないと感じていたからです。そのために、まずは自分が変わること、視点を変えることが急務でしたし、その変化を理論的に説明できる技術も必要でした。とにかく何かしなくては、どうにかしなきゃ、という私の「野生の勘」は当時の自分には漠然としすぎて、早まった行動、謎の焦りがありました。
憧れの「メンタルオーガナイズ資格取得(セルフ)」を受けられたのは1年後。
コロナ禍だったためオンライン講座だったので、パソコンの苦手な私は悪戦苦闘。
本当に大変で、講師にも受講生にもめいわくをかけっぱなしでした。
でも、これを乗り越えなくては資格取得ができなかったので必死でした。
同時期、娘たちがコロナ禍にもかかわらず果敢に海外へ勉強に出ていく時期でした。
心配が山積で焦りもあったし不安もある中で、改めて家族を、そして夫とのこれからの生活を考えた講座になりました。
最後のレポート提出は、自分なりの答えをひねり出したもので稚拙な文章で今読んでも恥ずかしい内容です。
でも、その恥ずかしさや絞り出した言葉の陰に、様々なヒントが詰まっていることを感じます。
まずは自分を実験台にして試してみることが大切。
それから他の人へ伝えていく作業なので、次の段階の「プロ」講座はなかなかハードでした。
今日の記事は、以下2つの記事の続きです。
「ライフオーガナイザー」資格取得後は、正直に言えばのらりくらりとしていました。
当時はコロナ禍真っただ中。
ライフオーガナイズを知るには経験が必要なのに現場へ行くこともできず、どういった活動ができるのかを知るのはオンラインのみ。ちょうど春から夏にかけての良い季節だったので自宅を整えたり、友人のためにライフオーガナイズの手法を使った思考整理のお手伝いをするくらいでした。
もちろん、ヴァイオリニストとライフオーガナイザーの両輪で何ができるのか考えを巡らせても、ぼんやりとしたものにしかならず、他人にはヴァイオリンという本業があるにもかかわらず何をやるつもり?とあきれられるばかり。
確かに、私は何をやっているのだろうか・・・・
ただしせっかく取得した資格をそのままにするわけにもいかず、娘たちのためにそれぞれの特性を生かした勉強スペースのオーガナイズや、時間の使い方のレクチャー講座を開きました。あらためて、娘たちそれぞれの性格の違い、クセやこだわりを知ることができて、いままでの自分の思い込みにうなだれることもありました。自分なりに娘たち一人一人の性格を把握して対応していたつもりでしたが、知識を得てからの理解は説得力がありました。
実践台になってくれた娘たちも、私のことをプロのライフオーガナイザーとして接してくれたことはとても嬉しかったです。
私が苦労して資格を取ったことをしっている。
50代から何かを始めようと思っている私へのエール。
自分たちも快適な生活を送ることができる、といった利点もあったようです。
家族の空気が変わる、という経験をしたのがこの頃でした。
コロナ禍という異常事態もありましたが、やはり家族というものは年を重ねるごとに変化していきます。
その変化を見逃さないことも大切なのだと思いました。
回数は少なくとも、私にとっての現場経験はすべてが学びの場となりました。
とくに研修生制度を使っての経験は、本当に貴重でした。
実際に現場へ出られなくとも、ライフオーガナイズに関する学びは深いものです。
「ライフオーガナイズ」という言葉は、先の「88歳になった自分」を想像するという質問を投げかけてくれた講師が「ライフオーガナイザー®」という肩書も持っていらしたのです。物腰の柔らかな、年代の近い方の魅力にひかれてライフオーガナイザー2級講座を受講しました。
ちょっと変わった「ライフオーガナイズ」というオシャレな言葉の響きが気に入ったのも理由の一つです(ミーハー)。
そして、「思考を整える」という言葉にピンときたことも確かです。
私はもともと児童心理学や人を観察することに興味があり、自分の子育ても独自の信念があったので、「その人それぞれの方法で」というところに共感があったのだと思います。私は子育ても、それぞれの特性を活かして個別に向き合いたい、という思いが強くあり、それは子どもが生まれる前から意識していたことです。そしてその後、ライフオーガナイズを学んでからもより一層、気にかけ気をつけていることです。
更に、50代からの自分にはヴァイオリニストだけではなく、他にも自分を活かせる場所が欲しいと願ってもいました。
子育てを終えてからの残りの人生を、もっともっと豊かにさせたいという思いが大きかったです。
それがこの「ライフオガーナイザー」という資格を使うことができるかもしれない、という「野生の勘」だったかもしれません。
資格取得はそれなりの覚悟が必要です。
その講座に集中する時間、お金、取得後に活かせるかどうか・・・
その時の私は、単純に「あの講師と同じフィールドにいたい」という思いが一番でした。
その他のことは「なんとかなるはず」という見切り発信。
相談した講師は「最終課題はかなり大変だから受講時期を考えた方が良い」とのことで、それでも遅くならないうちにと申し込みをしたことをはっきり覚えています。
講座は自分にとって新しいことが多くて大変でした。
片付けが不得意でも、得意でもなく、ライフオーガナイザーとして必死にやっていこうとも思っていない、ヴァイオリニストとの両輪で何ができるのか全く不透明の状況。胸の内は「とにかく、憧れの講師の傍にいたい・・・」という思いだけでした。コンベックスの使い方もあやふやで、製図に関しては素人以下の有様。最終課題の事業計画書は毎日朝から夕方までパソコンに張り付いて、何とか仕上げた感じでした。パソコン操作もあやふやだったため、本当に苦労しました。
合格通知をいただいたときは、力が抜けました。
資格取得は不合格になることはなく、課題再提出を繰り返して合格することができます。「資格取得は単なるスタートだからこれからが大変ですよ」と言われてその通りだと思いました。
私は今、50代後半を歩いています。
50代は予想外の出来事が多く、今まで生きてきた年代を改めて思いなおす時期にも重なりました。
その一つが、ライフオーガナイザーという職業に出会ったことかもしれません。
ヴァイオリニストなのに、どうしてライフオーガナイザーになったのですか?
よく聞かれる質問です。
私自身は、音楽家も一人の生活する人間ということで、ライフオーガナイザーという職業についての違和感はありません。
思考や生活空間が乱れれば、パフォーマンスに支障が出ることは当たり前のこと。
そこを物理的に改善できるのであれば、その方法を知っていることに損はありません。
転機は50歳という年齢でした。
元気な高齢者がもてはやされ、【人生100年時代】と言われ始めたころです。
私自身は「あと50年もあるのか・・・」と否定的な思いも強く、「いつまでヴァイオリンを弾くことができるのだろうか?」という不安が押し寄せました。うっすらと心の中では不安に感じながらも、「100歳でベートーヴェンのソナタを10番まで弾く!」なんていう途方もない目標を立てたりしました。その時の家族のことなど考えもせずに・・・。なんとなくジタバタしながら、子どもたちの巣立った後、夫との老後、人生の目的などに想いをめぐらし始めたころ、コロナの時代に突入しました。
今まで整頓されていたと思っていた我が家は、家族4人が常に一緒に生活していくには窮屈で居心地が悪かったです。
勉強や仕事に追われる家族を横目に、自分の居場所がなくてイライラする私。ヴァイオリンの練習もきちんとすることができず、当面の自分のやるべきことは家族の食事準備や掃除。近くに住むけれど高齢のためにサポートの必要な父の安否。とにかく家族それぞれが居心地の良い空間を取り戻そうと躍起になっていた気がします。それでも私は自分自身を取り戻すことができない。自分の仕事(練習)を、家族がいる時にできないというジレンマ。それまできちんと自分の練習時間を家族に共有していなかったツケがまわってきただけでした。
そんな時に出会ったブログに「88歳の時に、あなたは何をしていますか?」という問いかけ。
100歳よりもう少し現実的な問いかけ。30年後なら少し想像ができる。