以前ヨーロッパに暮らしていたからこそ、日本との違いを感じることができるのは、視点の変換という普段の生活ではできないことが浮き彫りになります。今回の旅ではちょっと意識して観察してみることにしました。私個人の主観なので、間違っているかもしれないということをお断りしておきます。
海外でよく見かける老夫婦の姿。手をつないでお互いに寄りかかりあいながら歩いている姿は、今も昔も変わらなかったです。羨ましいなぁ、と思いつつ、私たち夫婦が彼らの年齢で同じようにしていたかどうか・・・きっと違う形で二人で過ごしていたかもしれない、とも思いました。ヨロヨロと歩く老人をあまり見かけることはなく、一人で行動している老婦人や老紳士も多く見かけました。なんとなく、年代別に集う場所も分かれているような気もしました。子どもの声が良く聞こえて、元気な泣き声やしゃべっている声があふれていました。電車を降りるときにベビーカーを当然のように手伝う人がいて、店舗に入るときのドアは老若男女問わず後ろの人を気にして抑えて待ち、「ありがとう」と声を掛け合うことが自然でした。
街中ではどちらかといえば一人で行動している老婦人を多くみかけました。美術館の受付で、チケットを購入しながら見どころを訪ねていた老婦人。おしゃれをして地下鉄に乗っていた上品な婦人。レストランで楽しそうに二人でお茶を楽しむ老婦人ふたり。ワーキングウーマンたちが、スーパーの巻き寿司をテイクアウトしてレマン湖畔でおしゃべりしながらお昼を過ごしている姿はオシャレでした。(美味しいかどうか?それはわかりません)
自分のモデルになるような女性を探していたかもしれません。
窓口でどんなに長く時間がかかっても、だれもイラついた態度をとることなく辛抱強く待っている人たち。お互いの時間を尊重して、面倒がらず、邪険にすることなく、時間を最大限に使って相手に向かっていく姿が印象的でした。わからないことはちゃんと聞く。私もswiss passを購入するのに、確認を怠らず、少しの疑問点も質問しましたが、嫌な顔をすることなく辛抱強く説明してもらえました。たとえ私の英語がハチャメチャであろうとも・・・美術館のチケット販売では3つある展示会の全てを細かく説明してもらって、どのチケットを購入したら良いのかまでアドバイスをもらいました。逆に、ホテルのシャトルバスが夕方の時間帯だけ運行されていないことを知らなくて、ずっと待っていたことがありました。チェックインの時に「一日中運航しているよ」と言われて確認しなかった自分のせいなのですが、たしかに受付の人は夜間担当だったので日中のことは担当外だったのかもしれません。
「こちらの人は、自分の担当することは責任をもって細かく教えてくれるけれど、一旦担当外になると雑だよ。でもね、それでいいと思う。担当外のことまで知るべきなんて、責任が大きすぎて負いきれないからね。」と次女がサラリと言ったときには「ほんと、その通りだ」と納得しました。日本にいるとついつい担当外のことまで知っていなければならないと思って、荷重が大きくなり、結局自分の担当のところもあやふやで中途半端になってしまうことが多いのは経験済みです。担当の場所に責任を持つことの重要さを改めて学びました。
時間の流れがゆっくり感じられるのは、空間が広いということだったり、人との適切な距離だったり、教会という存在があったりすることかもしれないなぁと思いました。
179「教会の存在・視察旅行③」
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。今回訪れた街は、私のテリトリーではなく娘たちの