塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
 

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2026/02/23
54「移動中の読書さまざま」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

近頃は電車に乗るとスマホの画面を覗いている人が多いですね。

私は電車内では外を見たり、人を観察をしているようにして、「スマホを見ない運動」を自発的に行っています。

最近は、『積読解消推進強化期間』(長い!)なので、移動中も本を読んでいることが多いです。

そのため、せっかく外出しても本の内容で頭がいっぱいなので、寄り道をしながら新しい情報を仕入れることができなくなりました。

電車内ではInstagramを流し見している人が大半で、通勤時間には動画を見ている人も多いように思います。

(私は動画だけは見ることができません・・・動画はすごくプライベートな感覚がするのでリビングにいる自分の姿になってしまう。)

新聞記事を読んでいる人もちらほらいますね。(昔は新聞を器用に折りたたみながら読んでいた会社員のオジサンがいて、いつも感心していました)

 

その中で、スマホではなく本を読んでいる人がいると

「あ、何を読んでいるのかな」

と、ものすごく気になります。

本の大きさや形から、文庫・新書・単行本の判別ができます。

そして、購入した本なのか、図書館から借りた本なのか・・・

そんなところもついつい見てしまいます。

話題の本であったり、自分が読みたい本だったりすると羨ましくなります。

きれいなカバーをつけて文庫を読んでいる女性をみると、素敵だなぁと思います。


私の読書スタイルは、かなりワイルド。

気になるページを折ったり、時に傍線を引いたり、ポストイットを貼りつけたり。

出かけるカバンに、ポンと放り込むスタイルなので、カバーを外した表紙がたいてい汚れています。

しおりは美術展のチケットの半券・・・

それでも、初めはキレイだった本の表情が自分に馴染んできて

内容が染み込むころになると、私自身は豊かな気分になります。


本屋さんに行くと、本当にときめきます。

たくさんの作家さんや執筆者の方が、私に向けてアピールしてくるその熱気に大いに巻き込まれて、気がつくとお会計に向かっている自分がいます。


さて、今日も出かける予定があります。
かなり遠くまで移動するのでお供の本は、何にしましょうか・・・小説を読んでいたら乗り過ごしそう・・・


 


2026/02/22
53「自分を管理するノート」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

久しぶりに街へ出かけたら

3月はじまりの手帳が並んでいるのをみつけました。

来週末には3月なので、
もっと前から並んでいたのだと思いますが
そこに視線がいかなかっただけでしょうね。

ノートの類を見つけるとソワソワしてしまいます。

文房具が好きです。

特にノートが好きです。

新学期になると色とりどりのノートが並んでいるとワクワクします。


サイズや形、色などにそれぞれこだわりますが、特にメモ部分は方眼が好きです。

私にとって方眼はちょっと囲まれている感じがするけれど、自由度が大きくて、絵も文字も思うように書けるところが気に入っています。

今はロルバーンの所有率が高いかもしれません。

デバイス系の「マイ・トリセツ」(何度聞いても覚えられない操作やいつも迷う手順)や「読書メモ」(メモ片手に読んでいるので文字は汚い)は以前から使っています。

ニューフェイスは3月からのスケジュール付きのノート。

期限を決める必要のあるタスク管理と、発信に関してのネタ帳のような感じで使っていきます。

用途が決まらないと先に進めないタイプなので、じっくり考えすぎて時間が過ぎていってしまいます。

今年はそんなところから脱出して、少しだけスピードを意識していければ良いなぁと思っています。

 

デジタルでスケジュール管理している人を見ると羨ましく感じます。

単純にカッコいいな・・・と思います。
ノートとペンを取り出して・・という手間と時間を非効率だなと思うこともあります。

そして、ノートは1冊持ち歩くとそれなりに重いので、躊躇することもあります。


それでもやはり、ノートの紙をめくりながら、自分の筆跡で文字を書くことで気持ちを落ち着ける作業が好きです。

様々なことが飛ぶように進んでいる今の時代。
私ももしかしたら、年末にはデジタルスケジュール管理しているかもしれない・・・
だれも先のことがわからない時代です。

あなたは自分自身の管理を
どのようにしていますか?
その方法で満足していますか?



 


2026/02/21
52「ブログ100チャレンジ継続中」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。


ブログ100チャレンジを粛々と続けています。


先日、50日を過ぎましたよ~とアナウンスがありました。

改めて今年の私は何をしているんだろうか?と振り返りました。

夫が亡くなってから3度目のこの季節は、

まだまだ相変わらず右往左往しながらもがいているような気持ちです。

「生きていなくちゃ」

という思いにがんじがらめになっていた2年前に比べると、

さらりと「あんまり生きていたくないかも」と思えるようなこともあります。

(別に生きることを放棄しているわけではないです!)

 

ゆらり、ゆらりと身体を揺らしながら、バランスをとっているような感じでしょうか。

以前の私であれば、その姿は「怠惰!」としか思えなかったのですが、今は少し違う目で見ることができます。

 

私は苦手なことから逃げるのが得意です。

その逃げ方は、別の仕事に集中して本来のやらねばならないことから目を背けてしまうという方法。

そしていつまでたってもタスクを完了することができなくてストレスが溜まってしまう。

自分の中のそういったズレが激しくなると動けなくなってしまう。

そんなことの繰り返しですが、ほんの少しずつ変化はしています。

人間はずっと同じ場所にはいないものなんですね。

同じ景色を同じ場所で見ることはなく、ほんの少しずつ角度が変わっている。

そう、螺旋のように。

今年の私はモチベーションに頼らずに

ルーティンを決めて粛々と行動していくようにしています。
朝のルーティン。夜のルーティン。
大したことするわけではありませんが
なるべく変化せずに
淡々とこなしていくこと。
そして

バラバラになった自分の破片を拾い集めながら

改めて自分の輪郭をはっきりさせていこうと思っています。

 



2026/02/20
51「ハードルの高いAI活用法」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

私の所属している「日本ライフオーガナイザー協会」では

会員のために質の高い学びの場所が提供されています。

リーズナブルに受講できる権利を使って、様々な勉強の機会をいただいています。

毎月1回の講座は3時間。

いつも受講を終えるとヘトヘトになります。

テーマによっては

「それは・・・私には無理・・・」

と思うようなこともあるのですが、とにかく「知る」ことを第一に

食わず嫌いにならないように参加しています。


今回はAI活用講座。(私の一番苦手とする分野)

講師は坂田誠氏。

私が坂田先生の講座を受講するのは3回目。

受講して大体1年後に

「あぁ、あの時のことがちょっと自分でもわかるようになった~」と

波に乗り遅れているのを自覚しながらお話を聞いています。


坂田先生の講座は、実際に作業しているところを見せていただけるので、映像記憶として頭に残ります。

私が実際に使えるようになる(または理解できるようになる)には1年かかるので

理論だけが自分に蓄積されるだけなのかもしれないのですが・・・

それでも無駄ではないと思っています。

(今は頭がパンパンで処理できていない💦)

「使ってみてくださいね!」
「自分の仕事に活かしてくださいよ!」
惜しみなく開示していただいた内容が
果たして自分ひとりでできるのか疑問ですが
内容はなんとかアタマに詰め込みました。

最先端を行く方のお話は本当に軽やかで
「何とかなるかも?」と
錯覚してしまいますが・・・
やはり、根本的な自分でやらなければならないことは
きっちりあるので、端折らず地道に積み重ねていこうと思っています。



2026/02/19
50「老いを知る?昭和を思う?」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

季節が変化してきていますね。

心と身体のバランスを保ちながら、足元をしっかり見つめながら歩いていきたいと思っています。

家にばかりこもっていたら、口角が下がってしまって滑舌が悪くなってしまいました。

久しぶりに『安否確認会』(私がそう思っているご近所の集まり)に参加して大いに笑ったら、とても気分が晴れました。

私って単純です。


今日の話題は本の話。

本を読んで、久しぶりに笑った日々。

思い出し笑いなんて、本当に久々で楽しかった。

 

『吾も老の花』(阿川佐和子)

もともと次女がエッセイ好きで、何冊も買わされた経験がある。

私は阿川佐和子さんといえば、檀ふみさんの往復書簡的な『ああ言えばこう食う』が好きで読んでいた。

時を経て、彼女も年を重ねてエッセイの内容も初老に関してのことが多くなり、私にとってはこれから出会うであろう諸々の出来事が興味深くて、違う視点で読む機会が多くなった。

今回は表紙の色と「古希」の言葉に驚いて購入。

阿川さんも古希なのか!と。

いや、そうだよ、私だって50代後半なんだもの・・・

 

この人のエッセイは、なぜこうも笑えるのか?

その笑いに嫌味がなく、品があってとても清々しい。

父(阿川弘之)との軋轢も、よくよく考えれば理不尽でもあるし許せないこともあるけれど、さらりとかわしてしまうところに、父への深い尊敬のまなざしが感じられる。

身体の変化の記述は本当にそのとおりで、読んでいるだけで「わかる・・・」と静かにうなずいてしまう。

立ったままズボンを片足に入れて「オットット・・・」と前のめりにつんのめってしまう・・・なんていうコントのような姿を、私自身も「自分、危ないぜ」と思いながらやっているが、その先に「ケガ」なんていうことを想像してしまうともう少しおとなしくしなければ、と思ってしまう。

ご本人は「自分は昭和の人間」といっているけれど、私もその気持ちは身に染みて理解できる。

なんだかんだ、昭和という時代は存在が大きくて重い。

私だって昭和を大いにひきずっている。

もう、2世代も前の時代なのに・・・


「昭和って良かったよ、勢いがあってね」

「昭和世代なんで・・・よくわかりません」

と良くも悪くも使い分ける「ズルさ」が昭和後半の私にはあると思っている。

 

「老い」を知るために読んでいたと思っていたこの本は、自分がどういうときに「昭和」という言葉を思いうかべ、どういう風にズルく使っているのかということを、よくよく考えるチャンスを得たような気がした。