塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
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2026/01/27
27「お花のサブスクが運ぶ思い出」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

先日、毎月届くお花の定期便に
フリージアが入っていました。
箱を開けて
ふわりと香ったフリージアの
黄色い花の姿に
春が来たことを教えてもらいました。

大切に育てられたお花たちを迎えるのが
私の毎月の楽しみです。

3年前の春
私は夫と実父を12日の差で亡くしました。
夫は突然帰らぬ人に。
実父は1年かけて徐々に弱っていき
最期は命を燃やし尽くして逝きました。

葬儀でいただいたお花の数は大量で
それらをどれだけ永く活けておくか・・・
その時の私は
そればかり考えていました。
お花を絶やすことが怖かったのだと思います。

あるとき、実父の隣に住んでいた方が
庭に咲いた花を、小さな花束にして訪ねてくださったことがありました。

「私は母のために花を絶やしたくなくて

いつもなにか、生花を飾っていました。自分のためでもありました。」
あぁ、素敵な考えだなぁ、と心に残りました。

月に2回巡ってくる月命日。
それぞれにお花を買ってあげたいけれど
気持ちに余裕がなくて
忘れてしまったり
時間がなくて困っていた時
SNSでお花のサブスクを見つけました。

最初のうちは
それぞれの月命日に合わせて配達してもらいました。
色の指定は白を基調にして。

お花が届くと
バケツに水を張って休ませてから
好きなようにアレンジして飾ります。
お花の様子を見ながら
小分けにしたり
1本だけ活けたりして
2週間は余裕で保てるように。

夏の暑い時期は
届いたお花も、すでに息も絶え絶え。
飾っていても
早くに弱ってしまって可哀そうですが
一生懸命に命を燃やして咲いている姿は
私にとって生きる力を与えてくれる存在です。


そのうち
絵の具が混ざりあうように
気持ちの中で輪郭が緩やかになったころ
サブスクを月に1回の頻度に変更しました。
そして、色の指定を「おまかせ」にしました。

実父は実母と一緒に過ごしている、という
根拠のない自信と
夫は自分から離れることはないと思うことができたから
自分のためにお花を贈ろうと決めました。

全て自分で決める。
どんなに時間がかかっても
どんなに他人からの言葉に慰められたとしても
本当の自分の心は
自分しかわからない。

その姿をサブスクの花たちは
静かに見つめ続けてくれています。

ふわりと漂った
フリージアの香りは
一瞬で春の思い出を運んできました。







2026/01/22
22「似た者同士?」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

デジタル機器に疎い私は
何か不具合があると焦ります。
それでも最近は、調べれば対策法が出てくるので
途方もなく時間をかけながら
「あーでもない、こーでもない」と
七転八倒しながら修正するのみです。
大抵2~3日はかかるので
その間は憂鬱な気分になります・・・

今回はOutlookの不具合で
直近でインストールされたプログラムを
アンインストールすればよい・・・と。

カンタンなんだけれど
ちょっとしたところで躓いてしまい
不具合に気がついて
解決するまで3日かかりました・・・


そういえば実父が一人暮らしをしていた時に
Wi-Fiに不具合があって
一人で解決できずに困り果てて
ゲッソリしていたことがありました。
お届け物があって家を訪ねた時に
「Wi-Fiの調子が悪くてパソコンが使えないんだよ」と
困り果てた顔で訴える父を
邪険にするわけにもいかず
(かといって親身に話を聞く余裕もなく)
しぶしぶ様子を見るも
私には原因も何も全くわからず
「家族の誰かに見てもらうように伝えるわ」としか言えず
放ってしまいました。

当時80代後半の実父は
一般的な高齢者よりもパソコンやスマホを使いこなし
孫娘たちとのLINEも得意でした。
時間はかかるのですが
ちゃんと使うことはできていました。
ただ、パソコンの機種が変わって
プログラムや設定が変更になったりすると
途端にわからなくなって
お手上げのことも多く
どこを、どう触ればよいのか
わからなかったようです。

その時も理系の父は、何とか自分で解決しようと
悪戦苦闘したらしいのですが
上手くいかず・・・
呑まず食わずで作業をしていた様子。
一人で作業していると
そのトラブルだけに集中してしまって
他のことが考えられなくなる状態は
私も同じなのでよくわかります。

結局3日後くらいに
面倒見の良い長女が出かけて行って
軽々と復旧した記憶があります。

「いやぁ、良かったよ。助かった。
寝ていても気になってね。
夜中に飛び起きて、心臓がバクバクしちゃって大変だったんだよ」

大喜びの実父の様子が

おかしいやら、気の毒やら・・・


まさに自分も同じような状況になっていることに気がついて
「いや、私は自分で解決できたから、まだマシかな・・・」と
つぶやきつつ
夜中も気になって眠りが浅かったり
ゲッソリしてしまう自分などを思いかえしながら
「やっぱり親子かも」。

実父の晴れ晴れとした顔を
ふと思い出した1日でした。






2026/01/16
16「時計の思い出」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

時計をいくつ持っていますか?
その時計に思い出はありますか?

昨日のブログの続きです。

私の夫は、時計が趣味でした。
一緒に出掛けて時計店があると
必ずショーウィンドウを覗いて
いろんな説明をしてくれました。
私には知識があまりなく
自動式と手巻き式の違いも分からず
それでも美しい時計を「見る」のは好きでした。

結婚してすぐのころ
「ペアウォッチ」を買いました。
黒い革バンドで、ベゼルがスクエア。
その頃のファッションに合わせて
色はゴールド、文字盤をローマ数字にしました。
ちょっとエレガントで
二人で食事に行くときに好んで身に着けました。

”時計もファッションと一緒で
その日の気分や装いに合わせることができる
自分の表現方法の一つだよ”

私は時計に対してあまり思い入れが無かったので
その言葉には驚きました。

そうか、どのように自分を魅せたいのか
もしくはその時計にふさわしいように振舞うことの大事さ・・・

時計が持っている役割を、改めて学びました。

夫は20代後半で
Rolex Sea-Dwellerを清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入したそうです。
自分のお給料と相談し
お店に3日通い
店主に「来月から値上げするんだよ」と言われて
購入を決めたそうです。

”その時計に見合う自分になる”

そして

”ここぞ、という勝負の時に気合を入れる”という意味で
ビジネスの重要な場面があるときは
丁寧に時刻合わせをしていました。
朝の身支度の中で
時計を合わせるという時間は
夫にとって
とても重要で
気持ちの切り替わる時間だったのかもしれません。


私の節目になる年には
必ず時計をプレゼントしてくれました。
「ジュエリーの方がいいんだけどなぁ・・」と思っていた私ですが
節目ごとにレベルアップしていく時計を見ると
「この時計に見合うような女性になるのは、かなり大変💦」と
気が引き締まる思いがしたものです。

いつか二人で
PATEK PHILIPPEを
ジュネーブで買おう!

途方もない夢を
ウインドーを覗きながら
カタログをめくりながら
二人で笑った時間は戻ってきません。

夢のある時計という存在に
「時間」という容赦ない魔物が棲んでいることを
思い知った月日でした。


夫が最後に身に着けていた時計は
海に行くときに
水に濡れてもよくて
傷がついても良い
デジタルのそう高くないものでした。

夫は知っているはずです。
長女があこがれのまなざしであなたの「時計」を
みつめていることを。

だから私は「時計」を
あれこれ身につけながら・・・
夫の「時計」も身に着けて
娘たちと一緒に思い出を辿ろうと思います。








2025/12/25
359「心に残るクリスマスの風景」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。



25年前のクリスマスイブは、微弱陣痛でおろおろしていた。

初めての出産で、何が陣痛なのか、何が痛くて何が痛くないのか。

まったくわからない状況だった。

当時住んでいた自宅と病院が少し離れていたこともあり、

更に子宮筋腫を抱えたままの出産だったので、

医師も少し緊張気味に早めに入院するように言われ、

深夜の病院へと向かう。

到着するとすでに待機室には何人かの妊婦さん。

私はなかなか本格的な陣痛がこないので、待機室から出されて

個室に移って夫とおしゃべりしながら過ごす。


クリスマスイブの病院食は鶏モモ肉の骨付き。

赤いリボンが結んであって可愛らしいけれど、食べることができず・・・。

夫に代わりに食べてもらった。

日付が変わっても陣痛が弱くて、

とうとう赤ちゃんも苦しくなってきた様子。

25日朝になると医師から

「陣痛促進剤を投与しますね」

と言われて点滴に薬剤が入ると、

なんと効き目の早いことか!

今までの痛みは何だったのか~と言うほどのもの。

それから4時間半ほど七転八倒してようやく生まれた長女は、

生まれた時からキョロキョロと周囲をみまわしていたとか。

本当に小さくて可愛らしくて、

生まれたてホヤホヤの彼女を

ほんのちょっと抱っこさせてもらうと

すぐに計測・検査のために別室へ連れていかれて、

更に夫と対面して抱っこしてもらい、

そのまま新生児室へ。


30時間ほどの出産経験に、夫も私も疲労困憊だった。


その日から始まった子育ての毎日。

実母のいない子育ては心細くて、

不安で、

わからないことだらけ。

夫の協力はもちろん、心強かったけれど、

子育て経験者の助けが本当に欲しかった。


だから、長女の赤ちゃん時代は

たくさん間違いもしたし、

とにかく大変だった。

多分、私が不安だったから長女も不安だったのだろう。

食が細くて

全然寝てくれなくて

夜も1時間から2時間おきに起きて授乳。

夫も神経質に長女に向き合うから

だんだん追い詰められていくような感覚も無きにしも非ず。

言葉に出すことはなかったけれど

とてもつらかった。

それでも私は、これが永遠に続くわけではないとわかっていた。

今だけなんだ、とどこかで冷めた目て見ていた。

その通り、何年かすると長女はちゃんと成長していった。


25年もたってしまうと、

自分で逞しく生きている長女の姿に

「あぁ、よかった」

と思うことができるし、

ちょっとくらい私が間違えても

本人が軌道修正してくれるものなんだ、

と思うようになった。


新生児室にいそいそとやってきて

「この足は俺の子だな~」

と目を細めて

愛おしそうに長女を眺めていた夫はもういない。


あなたの娘は、

あなたが思っていたよりも

強くて芯が太くて、

そしてあなたのように優しい。

だからあなたは胸を張っていい。

あなたは素晴らしい遺伝子を次の世代に残したんだよ、と

声を大にして叫びたい。




2025/04/20
110「鐘の音」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

今日はキリスト教の3大行事といわれる復活日。
イエス・キリストが十字架にかけられて3日目によみがえったといわれる日。
先週の日曜日から始まった受難週を経て、今日は喜びに満ちた日として教会員としては少し気持ちが華やかになります。
私はちょっと事情があって、あまり晴れやかな気分にはならないのですが・・・多分きっと永遠に。

復活日は移動祝日なので、毎年変わります。

今年は遅い方です。

来年は4月5日とのこと。

春を祝うには良い時期になりますね。


遡って受難の金曜日。

長女との電話を終えようとしたときに、ふと思い出して

「そうだ、今日は受難の金曜日だから昼の12時になったら教会の鐘が鳴るよ」

と言いました。

「あら、去年は気がつかなかったけれど、後で聞こえるかどうか耳を澄ませてみるね」

といった数分後、長女から

「鐘の音が聞こえたよ」

というメッセージと共に動画が送られてきました。


画面に耳をくっつけながら聴く教会の鐘の音。

生活のなかに響く音を聞きながら、

「あぁ、彼女たちはこの音の聞こえる中で生活をしているのだ」

と改めて異国に住む娘たちの姿を思いました。

自分がその昔に聞いた、あの弔いの鐘を

今、聞いている娘たちがいる。

場所も年齢も時代も違うけれど、

変わらずに鳴っている鐘の音。


あの時の自分と、娘たちの姿がオーバーラップして

不思議な気持ちを彷徨った

この数日でした。





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