金曜日。
少し浮かれた気持ちになります。
ゴールデンウィークという響きにワクワクしたり、楽しい行事を詰め込んでいたりするのでしょうか?
私もそんなエネルギーを感じながら、雰囲気のお裾分けをいただいています。
忙しくても、
イベントがたくさんあっても、
時間をコントロールすることができれば満足度が上がります。
その満足度が経験の蓄積になってよい思い出になります。
その思い出は一生の宝物になります。
時間は平等だけど、公平ではありません。
その意味を、もっと深くご一緒に考えてみませんか?
人にはそれぞれ、人生のステージがあると思っています。
私を例にとってみれば、
学生時代、留学時代、オーケストラで働いた時代、結婚生活、子育て期、自分探し期、コロナ禍、父の介護、今現在・・・。
この先もステージは続いていきます。
期間の長短はありますが、私自身はそのステージをそれぞれ無我夢中で過ごしました。
その時の自分に最適な生き方を的確に選択するにはコツが必要です。
私はそのコツをコロナ禍で学び、
その後のとんでもない時期を生き延びることができています。
その方法は、時間を味方につけることだと思っています。
人のまねをしても、自分に本当に合わなければ不要なものです。
時間は平等に1日24時間。
でも、公平ではありません。
そう、自分の采配で24時間をコントロールすることができるのです。
時間は使い切らなくてはいけないわけではありません。
その考えが、もしかしたら自分を苦しめているかもしれません。
自分では効率よく時間を使っているつもりが、もしかしたら時間にコントロールされているかもしれません。
「時間」は人生のステージによって使い方を変えることができます。
ご一緒に考えてみませんか?
目まぐるしく過ぎていく毎日。
せわしなく、急き立てるように過ぎていく時間。
気がつけば1日が終わっていた。
やらなくてはならないことに追われて、やりたいことができなかった。
満足度、達成感の気持ちが少ない。
よくわかります。
その気持ち。
私の場合は、自分でかなり無理をしていても、
苦労しているようには思われなくて
「できる人はいいわよね」
と言われてしまうことが多々ありました。
え~・・・後ろで必死に耐えてたんですけどなぁ。
いろんなことに押しつぶされないようにって。
でも、ちゃんと自分の喜ぶ時間は確保していました。
ちゃんとね。
それが大切なんです。
2年前の4月に身近な人を2人、
12日の差で亡くした時も、
取り乱すこともなく、
粛々と悔いないように万事を取り仕切りました。
「普通じゃないよね、この状態」
と娘たちと話しながら、
周りの好奇の目を意識しながら過ごしました。
「負けてたまるか」
そんな意地もあったかもしれません。
日々を重ねて、
そのうち周りも慣れてくると、
ふとした瞬間に放たれる言葉にドキリとして
「あれ、この人は知っている人か、知らない人か?」
と警戒心が強くなりました。
警戒すると心拍数が上がるので、呼吸が乱れます。
今はあまりドキドキすることもなくなりましたが、やはり気をつけていないと呼吸が浅くなります。
それらのひとつひとつに、どれだけの時間がかかっていたでしょうか?
2年という時間の中では、とうてい消化することのできない自分とのすり合わせ。
乖離している自分の気持ちを一番にわかるはずである、自分を掘り出していく時間。
それが私にとってブログチャレンジだったかもしれません。
春にむかって華やかに彩られる世の中に、
ちょっと乗り遅れている私。
春という季節の軌道に乗るのは難しいです。
きっとこれからも。
急ぎすぎると心が悲鳴をあげます。
その声を、耳を澄ませてひとつずつ。
今日できなくたってかまわない。
きっといつかできるはず。
急ぎすぎると心が壊れます。
「壊れる」とは心のコントロールができない悲劇。
焦らなくても大丈夫。
少し遅れたってリカバリーできるはずです。
30代、40代はちょっと無理をしても、
頑張っても大丈夫でした。
体力も気力もあるし、なにより命にパワーがありました。
50代、ちょっと気をつけていきたいと思います。
ブレーキを踏むということがどういうことか、
改めて意識していきたいものです。
時間について「困ったな」と思ったら相談してください。
一緒に考えましょう。
時間はその人によって意識が違いますし、
年代によって使い方にも個性が出てきます。
でも、どんな方でも時間を可視化してみることが大切です。
「ふむふむ、この時間帯に手持ち無沙汰になるのね」
「お、この時間はとても頭が回る時間」
「この時間は眠い」
ご自分のクセをみつけて、
ご自分を味方にして、
時間を伸び縮みさせてみましょう。
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。
子育ての時期を経て、少し時間の流れが緩やかになりました。
【頑張りどき】って誰にでもあると思います。
とにかく時間がない、時間に追われる、細切れの時間を日々に詰め込む。
そんな中で、私の場合は何を削るかを一生懸命考えました。
睡眠時間?
自分の時間?
練習時間?
それぞれのタスクに合わせて工夫しました。
私が唯一譲れなかった時間が「自分への時間」
その定義は様々ですが、私にとっては「現実逃避できる時間」でした。
ほんの少しのことですが、私にはとても大切なことでした。
その時間を取ることができれば、どんなに時間が迫ってきてもあわてる必要がありません。
自分の時間を取れなければ、予定を削除すればよいだけですから。
そして、自分が手に負えないことは、必要のないことなのですから。
すべてを手の内に入れて生きることはできません。
その時自分が必要としていること、自分が必要とされていることを黙々とこなせばよいことです。
私は二度目の【頑張り時】のピークを少し過ぎたころに、
ぷつり、と音を立てて振り子が切れました。
極限まで振り切って、振り子がどこかへ飛んでいってしまいました。
徐々に緩めていくはずだった振り子。
その準備はしていたはずでしたが、振り子自身が耐えきれなかったようです。
あてもなく、ユラユラと漂った2年間。
振り子を修復して、部品を取り換えて、ねじを巻いて・・・
動き出すにはもう少し時間が必要なのかもしれません。
私は時間が好きです。
誰にでも平等に与えられる1日24時間。
でも、公平ではないのです。
え?どういうことかしら?
そう思われたら、私と一緒に「時間」について考えてみませんか?