季節が変化してきていますね。
心と身体のバランスを保ちながら、足元をしっかり見つめながら歩いていきたいと思っています。
家にばかりこもっていたら、口角が下がってしまって滑舌が悪くなってしまいました。
久しぶりに『安否確認会』(私がそう思っているご近所の集まり)に参加して大いに笑ったら、とても気分が晴れました。
私って単純です。
今日の話題は本の話。
本を読んで、久しぶりに笑った日々。
思い出し笑いなんて、本当に久々で楽しかった。
『吾も老の花』(阿川佐和子)
もともと次女がエッセイ好きで、何冊も買わされた経験がある。
私は阿川佐和子さんといえば、檀ふみさんの往復書簡的な『ああ言えばこう食う』が好きで読んでいた。
時を経て、彼女も年を重ねてエッセイの内容も初老に関してのことが多くなり、私にとってはこれから出会うであろう諸々の出来事が興味深くて、違う視点で読む機会が多くなった。
今回は表紙の色と「古希」の言葉に驚いて購入。
阿川さんも古希なのか!と。
いや、そうだよ、私だって50代後半なんだもの・・・
この人のエッセイは、なぜこうも笑えるのか?
その笑いに嫌味がなく、品があってとても清々しい。
父(阿川弘之)との軋轢も、よくよく考えれば理不尽でもあるし許せないこともあるけれど、さらりとかわしてしまうところに、父への深い尊敬のまなざしが感じられる。
身体の変化の記述は本当にそのとおりで、読んでいるだけで「わかる・・・」と静かにうなずいてしまう。
立ったままズボンを片足に入れて「オットット・・・」と前のめりにつんのめってしまう・・・なんていうコントのような姿を、私自身も「自分、危ないぜ」と思いながらやっているが、その先に「ケガ」なんていうことを想像してしまうともう少しおとなしくしなければ、と思ってしまう。
ご本人は「自分は昭和の人間」といっているけれど、私もその気持ちは身に染みて理解できる。
なんだかんだ、昭和という時代は存在が大きくて重い。
私だって昭和を大いにひきずっている。
もう、2世代も前の時代なのに・・・
「昭和って良かったよ、勢いがあってね」
「昭和世代なんで・・・よくわかりません」
と良くも悪くも使い分ける「ズルさ」が昭和後半の私にはあると思っている。
「老い」を知るために読んでいたと思っていたこの本は、自分がどういうときに「昭和」という言葉を思いうかべ、どういう風にズルく使っているのかということを、よくよく考えるチャンスを得たような気がした。
音楽を勉強していると、キリスト教の行事に沿った楽曲に出会うことが多いです。
当時の作曲家の仕事は、教会付きのオルガニストであったり、聖歌隊や合唱の指揮者など教会での奉仕として音楽を取り次ぐ役割をしていることがありました。
私たち演奏者としては、そういった教会歴や聖書の内容を少しでも理解していることは大きな利点となります。私たち日本人には少し遠いと思われるキリスト教。幸いなことに、私自身はドイツに住んでいたこともあり、生活の中に教会生活の影響が大きかったです。
キリスト教の暦では、今日から四旬節に入ります。
キリスト復活祭の日までの準備期間の40日間のことを指します。
イエス・キリストが荒れ野で断食した40日に由来するとか。40日という数はキリスト教にとってとても意味のあるものです。
今日は灰の水曜日。
カトリックでは、額に灰を受ける儀式を行うそうです。
姉に話を聞くと、カトリック教会では去年の棕櫚の枝を燃やした灰で額に十字のしるしを受けるとか。
自らの信仰を見つめなおして、静か心を落ちつけて過ごす日々。
粗食を心がけて、華美な生活をしないと言われています。
私は心の奥底にそのような気持ちを持ちつつ、普通の生活をしていきます。
春の息吹を感じながら、少し落ち着く時間。
大切なことだと思っています。
懐かしいドイツでの生活では、今頃からうさぎの形をしたチョコレートや、イースターエッグのチョコレートがケーキ屋さんに並び始めます。
そしてイースター休暇の相談をする人たちの会話から、本格的な春の訪れを心待ちにする日々が始まります。
今年の復活日は4月5日。
日本は桜の季節ですね。
今年のリサイタルの曲目を絶賛思案中。
無伴奏曲の一音を弾き出すとき。
私はとてつもなく怖いと感じる。
舞台に一人だけで立つ。
明かりの焦点が楽器にあたる。
息をひそめて集中した重い気配が客席から忍び寄る。
いつのタイミングで音を出そうか。
今か?
もう少し待つか?
・・・エイっと心の目を閉じて弾き始める。
その瞬間に「さぁ、後戻りできない」と間髪入れずに思考が動き始める。
気が弱くて怖がりのくせに、そんなことを思いながら演奏する無伴奏の曲が好きだ。
今年もきっと無伴奏の曲を選曲するだろうな…と思いながら
「さて、どの曲を?」
と考える時間が一番楽しい時間。
(そして本番前に後悔するのも毎度のこと)
積読その後の状況・・・
着実に消化しています。(頑張っているともいえる・・・)
2月は今日の時点で7冊を読了しています。自分にしてはかなりのスピードです。
小説・ビジネス書・エッセイ・新書と多様な種類を読めているのでとても充実感があります。
今年の初めに、この冬眠期間中はたくさん本を読もうと「決めた」ことが良かったと思います。
得意ではない冬の時期。
なにをやってもあまりうまくいかない時期。
でも正直に言えば、本を読むことが快適になるわけではなかったのですが・・・
私の性格としては、何かをしていないと不安になるタイプだったので今年は敢えて「とにかく本を読み続ける」ということを自分に課しました。
手始めは自分にとってハードルの低い「エッセイ」から。
そこから視野を広げる意味で新書や音楽やビジネス勉強のための本。
時々、本の内容に引きずられて落ち込むこともありました。
本は読んでみないとわからないです。
どんな物語なのか。
一つの視点を執筆者がどのように表現するのか。
自分自身の心が弱っているときに読書するのが良くも悪くも気持ちに影響してくるのは、私自身が過敏なところもあるからかもしれません。
それでも、とりあえず読み進めることを自分に課していました。
モチベーションはいらない。
その後はYouTube動画やSNSから情報を取り入れて、自分の興味のあるものや、今まで本棚に眠っていた本を取り出して読みました。
読み続けていくと文字を読むスピードは速くなってくることを感じます。
とにかく読むことをやめない。
本を目に付くところに置いておく、というのも良い効果になっています。
私は同時に3冊くらいを、その時の気分によって読み分けたり、外出先に持って行ったりするのですが、その方法も私には合っているような気がします。誰にでもおススメはしませんが・・・
この1年ほど、読書メモ(ノート)をとっています。
私は内容をすぐ忘れてしまうので、読みながらメモを片手に書き抜きながら読み進めることにしています。
気になったことやわからないと思うことをメモしていく。
その時の感情そのままに書くこと。
初めは読了後にメモをまとめて書いていたのですが、それですら忘れてしまう自分の記憶能力に限界を感じてメモを片手に読んでいます。
メモを書いていて嬉しかったことがあります。先日オンライン講座を聴講した時に、その中に出てきた言葉を以前に読んだ本のメモにみつけたことです。本の中に出てきた言葉を講座の内容と繋げることができたという小さな成功体験になりました。
ジャンルは違えども、時期によって選ぶ本というのは傾向が似ているので、メモを取っておくとつながりをしっかり結ぶことができます。
今回の積読消化はかなり厳しかったので、今後の本に対する気持ちが少し変化しそうです。
読めなくて苦しい思いをした本たち。
ごめんなさい。
時間がかかっても、あきらめずに少しずつ読み進めていきます。
少しずつ春の息吹を感じる毎日です。
木々の新芽がふくらんで、遠くに見える山影がぼんやりと、輪郭がやわらかくなっています。
1月から2月にかけて、土の中から動いているような・・・底を揺さぶる重たい春の息吹にはめっぽう弱い私ですが、軽やかな風を運んでくる立春以降の陽気は心地良いものに感じます。
【二十四節気】を意識し始めて、より細やかに季節を感じることができるようになりました。
毎年同じように繰り返されるものですが、そのサイクルを追っていくことが私だけの「マイペース」というリズムを作っています。
自分の歩幅で、自分の気持ちに沿って
「あなたの好きなように歩けばいい」
と言われても、難しく思うこともありますね。
そこに、同じように繰り返される季節の営みを頼りにすることは、安心感を得るために大きな存在になると思います。
二十四節気はそれぞれ約15日間。
気候変動の多い現在では、時に
「季節がズレているのでは?」
と感じることもありますが、古代中国からの長い歴史の中で積み上げられた経験値は揺るぎないものです。
繰り返されることは大きな力。
今は「初春」の時期。