塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
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2026/01/03
3「本を読む」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。


【年末年始にゆっくりと本を読む】
私の実家がそんな風潮だったことはブログに書きました。



今の生活はそういうわけにはいかず・・・
一時帰国中の娘たちとにぎやかに
おしゃべりしたり、出かけたり
美味しいもの談義やアニメの話に花が咲き
活字を追う時間はもう少し先になりそうです。

私自身、昨年は三宅香帆さんの影響を受けました。
本屋さんへ行って
普段あまり見ることのない新書の棚を眺める習慣が
彼女のおかげでルーティンに入りました。
今の時代は、ちょっとでも影響のある人(もの)は
集中してプロモーションを行う傾向が強いので
本屋さんの平積みは彼女の著書でいっぱいです。
私個人としては
「あの著者の作品はまだかなぁ」と
待ち焦がれるくらいが丁度良いと思っているのですが
時代の流れに乗れていないということなんでしょうか・・・

***

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(三宅香帆)から思うこと。


本を読むということがどのように変化していったのか
歴史をたどりながら大きな流れで見ることができるので
大きな蒔絵を見ているようだった。
その中にある、自分が両親から受けた恩恵を
改めて感じることができた経験だった。
特に大正から昭和初期、中期あたりの変革は
興味深い。

大正時代にサブスクとしてはやった「円本」の章を読みながら、

昭和の高度成長期のサラリーマンも同じだと思った。



私の父は晩年まで本を読むことが好きだった。
自分で買ってくる本も多かったが
孫娘の読んでいる本も丁寧にページをめくり
「面白かったよ」と短い感想とともに
本が返ってきたようだ。
孫娘たちへの本を選ぶ目利きは確かで
私はいつも感嘆したものだ。

会社員の現役時代には
本は束の間の息抜きとなり
退職後は好きなだけ活字を追い
趣味以上の俳句のために
言葉を吟味し続けた姿を
私は今も尊敬している。

父が揃えてくれた『少年少女世界の名作』(小学館)は姉と私の大切な本たちだった。

本の虫だった姉にとっては、きっと生涯の友として記憶に残っていることだろう。

毎月一冊、新しい本のページをめくる楽しさがあった。
1冊の中に数本の物語が収められて
古典編や国別編といった分別方法で
本の中の関係性も考えられていたように思う。
私はまだ字が読めず

主に挿絵の可愛らしさに夢中になり

半紙を使って写していた記憶がある。

55冊は父の転勤でドイツへ行った時も
帰国して2回の引越しにも
1冊も欠けることなくついてきた。
私は姉に比べて読書にムラがあったので
全部の作品を読み切ることがなかった。
それでも、主要な作品はすべてこの全集から学んだ。

今思えば、きっとそう安くもない全集を買ってくれた父には感謝したい。

そして、その金額を捻出するために家計を守っていた母の采配にも感謝したい。

本から得る知識はその周辺の記憶も含めて、

生きる気力にもなることを、50代になった今も感じる。

毎月届く全集は、私たちの本だけではなく、父の『鴎外全集』も含まれていた。

きっと父は全集を揃えることで家長としての威厳と

サラリーマンの誇りを刻んでいたのではないだろうか。



***

父の姿勢は

私自身も受け継がれていると思います。
本を読むことは、自分のペースがあるということ。
他の作業をコントロールし
読書の時間を捻出し
本の世界に没頭することは
生活が整っていないと難しいことかもしれません。
ひと時でも
その時間を確保することができれば
人生はもっと豊かに
彩りにあふれた
深い味の世界が広がるのではないかと思います。



積読解消期間
始めます。






2025/12/27
361「積読予備軍」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

クリスマスが過ぎて
年の瀬の慌ただしさを感じると
思い出すことがあります。

小学生・中学生のころ
学校の終業式を終えて
父が年末休みになると
家族で本屋さんへ行きました。

父が真剣な顔で、本や雑誌を眺めていると
母がいつもは買わない
美しい写真の雑誌を手に取って
「お正月に読むのが楽しみだわ」と
嬉しそうにお会計に向かいます。
「あなたもお休み中に読む本を買ってあげるわよ」
そう言われていそいそと
いつもは買ってもらえない雑誌や本を
父に手渡しました。


年末年始は本を読む。

親戚で集まる用事も少なく
外食をする予定もなく
出かける場所もなかった我が家は
家族がそれぞれの場所で
静かに読書をすることが年末年始の楽しみでした。
(父は本を抱えて昼寝をしているのが主でした・・・)



私には今でもその習慣が
深層心理の中にあるらしく
クリスマス後に本屋さんへ行くと
ついつい本を大量に買ってしまいます。
「おいおい、私はいつ、これらの本を読むんだい?」と
思いつつも、真新しい本の表紙をなでながら
穏やかなお正月を夢見ています。



1月からまた
読書強化月間を始めようと思います。


2025/02/14
45「音楽家と言葉」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

音楽家は音で曲を表現するので
どちらかというと言葉をおざなりにしがちです。

「表現するのが難しいけれど・・・」
「言葉にできないから、こんな感じ・・・」
「なんとなく、こんな風に・・・」

私もピアニストに細かいニュアンスを伝えるときに
曖昧な言葉で逃げてしまう時があります。
また「とにかく弾いてみましょう・・・」と
時間を気にして次のステップへ行ってしまう時もあります。
でも、
近頃は、なるべく少しでも何かが伝わるように
言葉をかえてみたり
例を挙げてみたり
反対方向から伝えてみたり、と
意識的に言葉を使うようにしています。

急がば回れ

じっくり伝えた方が
相手が「あぁ、なるほど」と
充分に理解することができたり
納得することができたり
腑に落ちるということができているように感じます。

伝えるときに
自分の思っているぴったりの言葉を
選び取ることの大切さ。

それは日本語だからできることかもしれません。
日本語は素晴らしい言語だと思います。
何かを説明するにも
多様な言葉が存在します。

英語やドイツ語は
ひとつの事柄に対しての単語の数は
そう多くありません。
どちらかといえば
直接的で
簡潔で
ひとつの言葉が
どのシチュエーションでも
使いまわすことができます。
(私はそれで助けられています💦)
英語もドイツ語も
ストレートに伝えたいことを言ったり
わからないことを質問することができるからです。

・・ラクです・・

でも、日本語にある様々な
ニュアンス
言い回し
陰に隠れた真意(を、ぼかすテクニック)
ひっかけ問題的な言葉のあや・・・

などを使い分けることの
楽しさや難しさは
母国語だからできることです。
そのひとさじの言葉の塩梅(あんばいって日本語らしいなぁ)を
意識的に使いこなすことができるのなら
音楽を奏でることも
もっともっと、ずっと奥深いものになっていくのではないかと思います。

子どもの生徒さんには
「読み聞かせをしてもらったり、自分で本を読んでみましょう」と
声掛けをします。
大人の生徒さんにも
「時間がないことは重々承知していますが、本を読むクセをつけましょう」と
お勧めしています。

私自身も、様々なジャンルの本を
楽しく(時間がなくて苦しく・・・)読んでいます。

週末に、本屋さんに行って本を選んでみませんか?

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