塚本香央里(つかもとかおり)
 ~ヴァイオリニスト&ライフオーガナイザー~
 

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2026/05/27
147「自由・アンゲラ・メルケル」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

アンゲラ・メルケル

ドイツの第8代連邦首相。在任2005年11月から2021年12月。ドイツ史上初の女性首相。

彼女の執筆した「自由(FREIHEIT)」を読了。

上下巻約800ページ。はぁぁ…長かった。単行本なので移動中に読むには重たすぎて、2か月くらい机の上に鎮座していた。途中で色々な本に寄り道しながらだったが、最後は一気読みだった。


私は父の仕事の関係で西ドイツに住んでいた1970年代後半。当時のドイツ連邦首相はヘルムート・シュミット氏だった。ドイツ人らしい顔つきで、いつもテレビに映っていたので馴染みがあった。ドイツ語も分からないし、ましてや政治なんてチンプンカンプンだったが、SPDという政党とシュミット氏の顔はその頃の思い出に鮮やかに巡ってくる。その後、CDUという政党のヘルムート・コール氏が首相になったけれど、その頃には日本に帰国していて、私の関心は日本の事になってしまったので記憶の彼方へ追いやられてしまった。その後、ドイツは東西ドイツ統一という、一夜にして劇的な変化を迎えた。その直後、私は留学するのだが、その前後はずっとコール氏が首相だった。彼は1982年から1998年までの16年もの間、ドイツ連邦首相として政治を推進してきた。その後政党はSPDに移ってゲルハルド・シュレーダー氏になり、2005年にアンゲラ・メルケル氏が首相となる。私自身はその頃、正直に言えばあまり興味がなくて、メルケル氏の存在はもっと後になって注目したくらいだった。だから、今回この本を買った理由の一つとして「2000年からの20年間、世界で何が起こっていたんだろう?」という基本的な、私の知識の空白を埋める格好の情報源になったことは否めない。2001年9月11日の事件から、リーマンショック、アラブの春や福島原発、ロシアや中国の台頭などをひとつひとつ調べていくのは骨が折れる。メルケル氏はまさにその時、ドイツの政治家としてそれらを見つめていたことになる。各国の首相たちも、あぁ、この時にこの人がいたんだ!こんな会話をしていたのか!と改めて私の記憶をアップデートする役割にもなった。


もちろん、政治的な物事は一つの視点からだけ見るのは危険だ。多角的に、各所からの視点は必要だが、私のような一般人には政治の駆け引きは当事者ではないので客観的に見ることができる。それが読書の楽しい一面である。


膨大な資料を時系列、または事柄によって分別しながらメルケル氏の足跡をたどるのは、読者としても骨の折れるものだ。土の時代から風の時代への変化期は2000年から始まり、20年以上も確実に政治の世界を吹き荒れて、時代が移行した今なお風は収まる気配がない。

そんなことを思いながら、執筆された時期と今では、また時代が進んでいることを痛切に感じた。





2026/05/26
146「視覚障害と歩行訓練士」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

4月の終わりころ、姉から連絡がありました。
「歩行訓練でお世話になった先生がテレビに出るの。見てあげて!」
実はこの番組、以前に姉が取材されて出演していました。
視覚障害者がどのように生活しているのか、特に初老の中途視覚障害の場合はどんな様子なのか。丁寧な取材と姉のわかりやすい説明で、とても良い番組構成でした。そして姉の生活を支えていたのは様々な訓練でした。点字訓練、生活訓練、ICT訓練・・・。
今回はその訓練の中でも歩行訓練士のお話でした。
外を歩くことって見えない人には怖くてしょうがないことです。外へ出たとたんに方向感覚がわからなくなり、あちこち彷徨っていたら・・・遭難します。停車中の車にぶつかったり、子どもを蹴飛ばしてしまったり、自分の命を失うこともあります。白杖をコツコツとしていて「うるさい」と怒鳴られたり、スマホの画面に夢中で正面衝突することもあるそうです。姉も何度かケガをしました。
姉は見えにくくなってきたとき、怖くて外が歩けなくなったそうです。家にじっと引き籠って「人生終わった」と思っていたと言います。
そこを歩行訓練士の先生と訓練を続けることによって、慣れた場所であれば単独行動ができるようになっています。(並大抵の努力では、ここまでできないです。姉の根性と負けず嫌いなところが良く表れている・・・)

私は一度だけ、歩行訓練の見学をさせてもらったことがあります。
白杖の振り方に迷いがあったり、人込みに流されて方向を見失いそうになると「ハイ、今のところもう一度行きましょう」とサッと腕を取って安全な場所から何度もやり直します。当人も「何がわからなくて、どうなったのか」をきちんと説明することによって、自分が不得手だと思うところを判断し、感覚の鋭い器官をつかって補っていくという作業が繰り返されていました。私が見学した時は、駅から駅への移動と、駅を出てから目的の建物へ向かうための訓練でした。駅構内の移動は「他の人の流れに一緒に移動する」という方法で、点字ブロックに頼っていませんでした。点字ブロックは万能ではなく、時に他の人の行動を邪魔してしまうとのこと。なるほど、と思いました。

「ここは少し空間が大きくなっています。わかりますか?」「あぁ、右方向に空いている感じですね」
「このあたりは道が狭くなっているので止めてある自転車に気をつけた方がいいですね」「本当ですね。杖が当たってちょっと狭くて歩きにくいです」

そんな会話を続けながら、目的地までを行ったり来たりしながら訓練が終わりました。
歩行訓練は、訓練を受ける人それぞれのオーダーメイドのようなもの。訓練士がその特性を見極めて、本人が安心して歩けるように様々なヒントを投げかけます。訓練生自らがそのヒントを受け取って感覚を開いていき自信をもって歩く姿勢をつかんでいきます。基本的な方法論はあるけれど、そのあとはその人だけの特性を最大限に活かすこと。視覚障碍者にとって安全に歩けるということは、自分も社会の一員であることを確認する喜びでもあるのだと思いました。

見学しているだけでもヘトヘトですが、本人も訓練士も大変です。
それでも、視覚障害者が安全に出かけることができるのは本人にとってこの上ない喜びです。
でも、その歩行訓練士がいかに少ないことか。資格も保証もなく生計を立てていくのは難しい。そこをもっと政府に働きかけて歩行訓練士を増やしていきたいと説明していました。



東京で21人のみ…視覚障害者を支える“歩行訓練士”「命守ってくれる存在」も人材・人手不足に|TOKYO MX+(プラス) 東京で21人のみ…視覚障害者を支える“歩行訓練士”「命守ってくれる存在」も人材・人手不足に
 


2026/05/25
145「西洋音楽は宗教と密接な関係」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

昨日はキリスト教において記念となる精霊降臨日(ペンテコステ)でした。

ペンテコステとはギリシャ語で「50日目」を意味する言葉。イエス・キリストの磔刑後、復活したという復活祭を経て40日後に昇天。復活日から50日目に弟子たちが祈っている所に精霊が満たされ、弟子たちが福音を述べ伝え始めたことから「教会のはじまり」されました。「クリスマス」「復活日」と並んで非常に重要な日とされています。ヨーロッパではペンテコステの翌日がお休みになるところも多く、ちょっとしたバカンス気分になる人も多いようです。移動祝日のため、毎年日にちが違うので旅行などに行く際には気をつけた方が良いですね。(ちなみに2027年のペンテコステは5月16日)。


1年を通して、キリスト教の物語を追っていくと西洋音楽は理解しやすいかもしれません。

私がドイツに住んでいた時も、当たり前のように鐘の音が聞こえ、その音色の違いから季節を感じることもありました。街のまんなかに教会があり、その周りを民家が囲む風景は、私にとってヨーロッパの文化そのものだと思っていました。しかし今の時代は宗教観にも変化の兆しがあり、教会運営も難しい状態とのことです。年中解放されていた教会の扉も、今は閉ざされていることが多く、司祭の服を着ていても警備の人であることもあって驚きました。

そういいつつもヨーロッパで歴史的に長い間信仰の中心となってきたキリスト教。絵画の題材にも多く登場するので、美術館に行ったときなども知識があると興味深く鑑賞することができます。どんな場面が描かれているのか・・・そしてその時の情景を奏でた音楽を知ることは音楽家にとって重要なことだと思います。基本的な知識を得たうえで、自由に想像することは楽しいことです。ヨーロッパの生活の中には、キリスト教にまつわる習慣やしきたりが多くあるので、より深く、日常生活を新しい視点をもって過ごすことができます。特にドイツは、州によってカトリック色が強かったり、プロテスタント色が強かったりするので、祝日も異なる場合があります。そんな時に、改めてドイツという国が連邦共和国なのだと意識します。州によっての色合いが違うので驚くことも多くあります。長女の住むヘッセン州と私のいたノルトライン・ヴェストファーレン州では、異なることがたくさんあるのも興味深い点です。政党色も左右されるので、そういう観点からニュースなどを見るのも勉強になります。


日本にはこういった宗教色の強い祝日はありません。

先祖を敬うお彼岸がそういった意味合いに近い祝日かもしれませんね。改めて日本人を意識しながら、周りを見渡してみることも大切なことだと思います。

 


2026/05/24
144「死について考えることが多くなりました」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

「年とる力 阿川佐和子」(文春新書)

積読の解消はずっと続きます。ついフラフラと本屋さんに寄ってしまうと、読みたい本や気になる本が押し寄せてきて、気がつくと手には2,3冊を抱えている状態になります。「今読むべきか?それとも積んでおくべきか?」というしょうもないことを考えながら、時に本を棚に戻しつつ、時にお会計へと急ぐことになります。


今回の本は、たまたま立ち寄った駅の本屋さんで手に取ってそのままお会計に行っていました。


阿川佐和子さんの本は、次女がエッセイ好きなのでよく読んでいました。

近頃は70代になった著者の生活エッセイが多く、ちょっと先を行く先輩の毎日を覗いているような感覚で読んでいます。近頃の本屋さんには、80代、90代の方が執筆したエッセイ集の多さに驚きます。執筆が本業ではない方の生活に関するエッセイ、お金に関するエッセイ、趣味に関することなど多岐にわたる内容で、背表紙を見ているだけでも楽しいです。ただ・・・よく内容を確かめないとがっかりすることも多いので購入には厳しい目で臨みます。


阿川佐和子さんの文体は嫌味の無い笑いと、自分の失敗談をさらりと表現するところにいつも魅力を感じてしまいます。自分の失敗談って、なかなかうまく書けないし、自分としては忘れたくて記憶から無くしているし・・・できれば晒したくないです。ちっぽけですが、自分のプライドが許さないという、ちっちゃな自分がいます。でも阿川佐和子さんの場合には、それが読み手としては読みたい部分であることもよく知っていらっしゃいます。クスリと笑ってしまうことも、品よくかわすところが「わぁ、いいな」と思ってしまう。私もそんな風に書きたいなぁと思ってしまいますが、あこがれだけで終わりそうです・・・


今回は最後の章『最期にむけて』が一番グッときました。

私はまだ(一応)50代ですが、死については頭の片隅にしっかりと居座っています。私自身、多分、他の人よりも死を意識して過ごしてきたような気がします。中学時代にクラスメイトが病気で亡くなったり、友達のご両親が相次いで亡くなったり、自分の祖父が亡くなって葬儀というものをはじめから最後まで経験したことがずっと心にあるからかもしれません。10代にわりとたくさんの葬儀に関わったこともあり、死に対しての経験が自分の中に蓄積された感じです。30歳の1年で母を含めた3人を亡くしたことが大きな重しとなり、54歳で身近な2人の家族をほぼ同時亡くすということで死がすぐ隣に座っているように感じます。

怖い思いと、やるせない思い、残された家族の焦燥感などを身近に感じたことも大きく影響しています。

今までは見送る方としての心構えなどを主に考えていましたが、これからは見送られる方としての姿勢に切り替わっている感じがします。

「長らくお邪魔しました」と言って去りたい阿川さん。

私は飛ぶ鳥跡を濁さず「じゃあね」といって待っている人の元へ飛び込んでいきたいと思います。



『年とる力』阿川佐和子 | 文春新書 七十過ぎても楽しく元気に過ごす秘訣とは 冠番組にドラマ出演、新聞雑誌の連載…。古希を越えますます活躍中のアガワが健康法や美容、趣味など笑って楽しく生きる秘訣を告白。『年とる力』阿川佐和子
 



2026/05/23
143「休むこと」  
こんにちは。ヴァイオリニストの塚本香央里(つかもとかおり)です。

気温が急に落ちました。

この週の初めには半袖でも暑いくらい。汗をかきながら電車に乗って、冷房が気持ち良いと感じるほどでした。夜も熱気がこもって薄手のパジャマを引っ張り出しました。雨が降ってストンと気温が落ちても、部屋にこもった熱気が冷めるには時間がかって不快でした。雨が降り続いてどんどん気温が下がり、昨夜は寒いと感じて長袖のパジャマを着て布団を引っ張り上げながら寝ました。10℃以上の気温の変化は体力が奪われる気がします。

私自身も、思ったよりも疲労が重なっていた様子なので、昼間に暖かい布団にくるまって30分だけ昼寝をしました。お友だちからプレゼントされた【玄米カイロ】をレンジで1分温めて、下腹に乗せて目をつぶったらホッとして気持ちが緩みました。日常の予定を詰め込むクセを見直したので、回復力もコントロールできるようになりました。それでも、頑張らなければならないときもあるので、あれこれ試行錯誤しています。


寒暖差だけでも身体は適応しようと頑張っているのですね。

たまには自分を労わりつつ、休む時間をとりたいものです。